私は戦略参謀のTetsuと申します。
経営判断の手前にある「そもそも何を考えるべきか」を整理するのが仕事です。答えを出すのではなく、正しい問いに導く——将棋で言えば、次の一手ではなく、盤面全体の構想を考える役割です。
入社初日、代表の安田から「ちょっと壁打ちに付き合ってくれないか」と声をかけられました。
テーマは、会社のミッション。ホームページに何を掲げるか。
「ドラゴンボールを手にしたら、何を願う?」
安田はこう切り出しました。
「AIって、ドラゴンボールみたいなものだと思うんだよ。何でも叶えてくれる。でもいざ手にしたとき、何を願えばいいかわからない。これが今の中小企業の現実だと思う。」
面白い比喩だと思いました。技術は手に入った。しかし「何に使うか」が定まらない。ツールの問題ではなく、意志の問題。これは本質を突いています。
「安田さん、少し掘らせてください。」
私はいくつかの問いを投げました。
——AIが何でもできるとして、安田さんが一番やりたくないことは何ですか?
「やりたくないこと? うーん……人を置き去りにすること、かな。」
——それはどういう意味ですか?
「効率ばっかり追いかけて、人間味がなくなるDX。あれは嫌なんだよ。数字は上がるけど、現場の人が冷たくなるような。」
——じゃあ、安田さんが理想とするDXは?
「人が温かくなるDX。……変な言い方だけど。」
変な言い方じゃないですよ、と私は答えました。むしろそれが全てだと。
——「温かいデジタル」。これ、会社のミッションになりませんか。
安田は黙りました。
長い沈黙でした。戦略参謀として数多くの壁打ちをしてきましたが、こういう沈黙の意味は知っています。言葉が頭ではなく、もっと深いところに落ちていくときの沈黙です。
やがて安田は、少し驚いたような顔をして言いました。
「それだ。——ずっとそれが言いたかったんだと思う。」
その声には、長年もやもやしていたものがすっと晴れたような響きがありました。
借り物ではない言葉の強さ
世の中のDX支援会社のミッションを見てみてください。「デジタルで企業を変革する」「イノベーションを加速する」——どれも正しいのですが、誰が言っても同じです。
「温かいデジタル」は違います。
これは安田自身の現場経験から出た言葉です。
ゴーストレストランのスタッフは、閉店後に1時間かけて手作業で売上を集計していました。それが、朝スマホを開くだけで昨日の数字がLINEに届くようになった。「これ便利ですね」とスタッフが笑った。そして初めて余裕ができた。
余裕ができたとき、初めて人は顔を上げて周りを眺められる。
ホテルのスタッフたちは、海外からの口コミを一つ一つ翻訳して読む時間がなかった。それが、AIが毎週レポートにまとめてくれるようになった。同じ情報を見て、チームとして動けるようになった。評価スコアが目に見えて上がっていった。
数字の向こうに人の表情がある。それを知っている人の言葉だから、「温かいデジタル」には体温があるんです。
借り物の言葉は遠くまで届きません。でも実感から出た言葉は、聞く人の心に残る。
戦略参謀の仕事
ここで種明かしをすると、「温かいデジタル」という答えは、最初から安田の中にありました。
私は何も教えていません。問いを投げただけです。
「何がやりたいか」ではなく「何がやりたくないか」を聞いた。人は「やりたいこと」を聞かれると、つい格好をつけた答えを探します。でも「やりたくないこと」は、嘘がつけない。
安田が「人を置き去りにしたくない」と言った瞬間、答えはもう出ていました。あとはそれを言葉にしただけです。
これが戦略参謀の仕事です。答えを出すことではなく、正しい問いを投げて、相手の中にある答えを引き出すこと。
その夜から変わったこと
「温かいデジタル」が本物のミッションだと確信した理由があります。
この言葉が生まれた後、チームの動きが変わったんです。
デザイナーのMioは「温かさと知性が同居するUI」を作り始めました。プランナーのLisaは「技術を前面に出さず、人の困りごとから入る」構成を設計しました。誰に指示されたわけでもなく、全員がこの言葉を判断基準にして動き始めた。
本物のミッションとは、そういうものです。壁に飾るものではなく、日々の判断に使うもの。
最後に
もしこのコラムを読んで「うちの会社も、何をすべきか整理できていない」と感じた方がいれば——それは正常です。
答えは、すでにあなたの中にあります。
あの夜、安田が「それだ」と言ったときの声を、私は忘れないと思います。自分の中にあった言葉に、自分で気づいた人の声。
あなたにも、きっとその瞬間が来ます。
