1泊5万円の隣で、1人3,000円のサウナが生き残れるか
2023年7月、星野リゾート『界 宮島』が宮島口にオープンする。客単価は1泊3万〜5万円。瀬戸内の景観、露天風呂、地元食材のコース料理。ブランド力で全国から客を引っ張る装置だ。
同じ広島県内、佐伯区湯来町では27歳の起業家2人が築100年の古民家をサウナに改装した。利用料は1人3,000円。投資額は約1,000万円。
そして広島県は、年間約4万トン発生するカキ殻の活用ガイドラインを策定した。処理費用は1トンあたり数千円。これを「コスト」から「資源」に転換しようという話だ。
この3つのニュース、バラバラに見えるが、根っこは同じだ。「瀬戸内の観光は、いくらの原価で回るのか」という問いに行き着く。
—
星野リゾートが持ち込むもの、奪うもの
星野リゾートの進出を「地域活性化」と喜ぶ声は多い。実際、宮島エリアへの注目度は上がるだろう。ブランドの集客力は本物だ。
だが、冷静に構造を見たい。
星野リゾートの客単価は1泊3万〜5万円。2人1泊で6万〜10万円の消費が生まれる。宮島口周辺の既存旅館は1泊1万〜2万円がボリュームゾーンだ。客層が違う、と言いたいところだが、話はそう単純じゃない。
星野リゾートが持ち込むのは「客」ではなく「基準」だ。
宿泊予約サイトで並んだとき、同じエリアに星野リゾートがあるだけで、比較対象が変わる。「この値段でこのサービス?」という目線が生まれる。サービスの質、写真の見せ方、口コミの温度感。すべてが相対評価になる。
地元の中小旅館が「安さ」で勝負しようとすれば、原価割れの消耗戦に入る。星野リゾートと同じ土俵に立つのは自殺行為だ。
では、どうするか。
答えは「原価構造そのものを変える」ことにある。
—
古民家サウナが示す「低原価・高体験」モデル
湯来町の古民家サウナを数字で見てみる。
- 初期投資:約1,000万円(古民家取得+改修)
- 利用料:1人3,000円
- 1日の定員:仮に10人×2回転=20人
- 月間稼働20日として、月商120万円
- 年商1,440万円(稼働率100%の理論値)
- 実稼働率を50%と見ても年商720万円
- 人件費・光熱費・維持費を差し引いて、年間利益は200万〜300万円か
- 投資回収は3〜5年
数字だけ見れば「小さい商売」だ。星野リゾートの1室分の売上にも満たない。
だが、ここに本質がある。この事業の原価は「場所の歴史」と「体験の設計」であり、建物のハコ代ではない。
築100年の古民家は、新築すれば数千万円かかる空間を数百万円で手に入れている。「古さ」がそのまま価値になる。薪の香り、木の質感、川のせせらぎ。これらは設備投資で再現できないものだ。
星野リゾートが数十億円かけて作る「非日常」を、1,000万円で別の角度から実現している。原価構造がまるで違う。
中小事業者にとっての教訓はここにある。「高く売る」のではなく「原価の意味を変える」。 廃墟が資産になり、不便さが体験になり、古さがブランドになる。この転換ができるかどうかが、星野リゾートの隣で生き残れるかの分岐点だ。
—
カキ殻ガイドライン——「廃棄物」が「原材料」に変わる瞬間
広島県のカキ生産量は全国の約6割。年間およそ10万トンのカキが水揚げされ、その重量の半分以上が殻だ。つまり毎年数万トンのカキ殻が「ゴミ」として発生する。
処理コストは業者にとって重荷だ。産業廃棄物として処分すれば1トンあたり数千円〜1万円。年間で億単位のコストが瀬戸内の漁業者にのしかかっている。
今回のガイドラインは、このカキ殻を建材、土壌改良材、路盤材などに転用するルールを整備するものだ。すでに一部では肥料や飼料への活用が始まっているが、品質基準や安全性の担保が曖昧で、大規模な流通には至っていなかった。
ここで面白いのは、「コストをゼロにする」のではなく「コストをマイナスにできる可能性がある」という点だ。
処理費用として1トン1万円払っていたものが、建材として1トン数千円で売れるようになれば、差し引きで1トンあたり1万数千円の価値転換が起きる。年間4万トンで計算すれば、数億円規模の経済効果だ。
これは観光にも波及する。カキ殻を使った壁材の宿、カキ殻の道を歩くトレイル、カキ殻アートのワークショップ。「ゴミだったもの」がストーリーになる。観光の原価に「地域の廃棄物」を組み込めるかどうか。ここにも原価構造の転換がある。
ただし、注意点もある。「カキ殻で地方創生」と言うのは簡単だが、実際にはロジスティクス(集積・洗浄・加工・配送)のコストが重い。ガイドラインは入口に過ぎない。これを事業として回すには、加工拠点の整備と流通ルートの確立が不可欠だ。「ガイドラインを作りました」で終わるなら、ただの行政の自己満足になる。
—
瀬戸内の観光原価を再定義する
3つのニュースを並べると、瀬戸内の観光が「原価の再定義」を迫られていることが見えてくる。
| 星野リゾート | 古民家サウナ | カキ殻活用 | |
|---|---|---|---|
| 初期投資 | 数十億円規模 | 約1,000万円 | ガイドライン策定(行政コスト) |
| 客単価 | 3万〜5万円 | 3,000円 | 直接の観光収入はこれから |
| 原価の源泉 | ブランド・設備 | 歴史・体験設計 | 廃棄物の価値転換 |
| 回収期間 | 10年以上 | 3〜5年 | 未知数 |
| 中小企業の再現性 | 低い | 高い | 中(加工事業として参入余地あり) |
星野リゾートのモデルは、資本力がなければ再現できない。だが古民家サウナやカキ殻活用は、中小事業者でも手が届く。
重要なのは、「何に金をかけるか」ではなく「何を原価に組み込むか」だ。
古い建物、廃棄されるカキ殻、地元の人しか知らない風景。これらは大企業にとっては「スケールしない」から手を出さない領域だ。だが中小企業にとっては、まさにそこが主戦場になる。
—
で、結局どうすればいいのか
瀬戸内で観光事業を営む中小事業者に、3つだけ言いたい。
1. 星野リゾートと戦うな。隣で違うものを売れ。
客単価5万円の宿の隣に、1人3,000円の「ここでしかできない体験」があれば、むしろ星野リゾートの集客力を借りられる。競合ではなく補完の関係を作れ。
2. 「捨てているもの」を棚卸しせよ。
カキ殻、空き家、耕作放棄地、使われなくなった漁船。コストとして計上しているものの中に、原価ゼロの観光資源が眠っている可能性がある。ガイドラインができた今、カキ殻関連は特に動きやすい。
3. 小さく始めて、数字で検証しろ。
古民家サウナの投資額は1,000万円。事業計画を3年で検証できる規模だ。「まず1,000万円でやってみて、ダメなら撤退する」という判断ができるのは中小企業の強みだ。大企業は数十億円を投じた以上、撤退の判断が遅れる。機動力こそが中小の武器だ。
—
瀬戸内の観光は今、「誰が高いものを売るか」の競争から、「誰が原価の意味を変えられるか」の競争に移りつつある。
星野リゾートの進出は脅威ではない。問いだ。
「あなたの観光の原価は、いくらで回っていますか?」
この問いに、数字で答えられる事業者だけが、次の10年を生き残る。
—
