結論から言う。広島の中小企業は「3つの殴打」を同時に食らっている
原油が上がる。資材が消える。景況感が沈む。——この3つは別々のニュースに見えて、根っこは1本でつながっている。中東リスクだ。
ホルムズ海峡の緊張が原油先物を押し上げ、ナフサ由来のシンナーが現場から消え、燃料費・資材費の高騰が企業マインドを直撃する。大企業なら為替ヘッジや長期契約で吸収できるショックが、広島の中小企業には「値上げか、廃業か」の二択として降りかかる。
数字で見よう。広島県内の倒産高リスク企業は4852社。景況感指数は42.3(前月比▲1.5pt)。塗装現場ではシンナー在庫が通常の6〜7割まで落ちたとの報告がある。この3つの数字が同時に悪化している意味を、正面から考える。
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第1の殴打:倒産予備軍4852社——「減った」で安心するな
帝国データバンクが公表した最新の「倒産予測スコア」によると、広島県内で今後1年以内に倒産リスクが高いと判定された企業は4852社。前年から190社減ったことをもって「改善」と読む向きもあるが、それは数字の表面しか見ていない。
まず母数の問題がある。広島県の中小企業数は約10万社(中小企業庁「中小企業白書」ベース)。4852社ということは、約20社に1社が「来年消えてもおかしくない」状態にあるということだ。190社減った理由も、経営改善ではなく「すでに倒産・廃業して母数から消えた」ケースが含まれる。つまり、リスク企業が減ったのではなく、弱い企業から順に退場しているだけかもしれない。
業種別に見ると、製造業と建設業の比率が高い。広島はマツダを頂点とする自動車サプライチェーンと、公共工事・再開発に支えられた建設業が経済の二本柱だ。この二本柱の足元に4852社分の地雷が埋まっている。
特に注目すべきはTier2・Tier3の部品メーカーだ。自動車のEVシフトで既存部品の需要が縮小する中、原材料費の高騰が追い打ちをかけている。売上が減り、コストが増える。この「ダブルスクイーズ」に耐えられる体力が、従業員10人以下の町工場にあるか。答えは厳しい。
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第2の殴打:景況感42.3——「悪くなった」の中身を分解する
広島県内の景況感指数(DI)は3月時点で42.3。前月の43.8から1.5ポイント下落し、2カ月ぶりの悪化となった。50を下回ると「悪い」と感じている企業が多数派という意味だから、42.3は「かなり暗い」水準だ。
この1.5ポイントの下落を「誤差の範囲」と片付ける人もいるだろう。だが中身を見ると景色が変わる。
下落の主因は「仕入単価DI」の急上昇だ。つまり、売上が減ったのではなく、コストが膨らんで利益が消えている。売上が減る不況なら「需要を作る」施策が打てる。しかしコストプッシュ型の悪化は、中小企業が自力で打てる手が極めて少ない。原油もナフサも国際市況で決まるからだ。
広島の製造業の営業利益率は平均で3〜5%程度(中小企業実態基本調査ベース)。原材料費が5%上がれば、利益は吹き飛ぶ。10%上がれば赤字転落だ。今、ドバイ原油は1バレル80ドル台後半〜90ドル台で推移しており、昨年同期比で15〜20%高い。この数字がそのまま、広島の中小製造業の利益を削っている。
さらに厄介なのは価格転嫁の壁だ。大企業との取引では「値上げ交渉」自体がハードルになる。公正取引委員会が価格転嫁の促進を打ち出しているが、現場では「言い出したら次の発注がなくなる」という恐怖が根強い。景況感42.3の裏には、この「言えない構造」がある。
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第3の殴打:シンナーが現場から消える——塗装業界の「静かな危機」
ニュースバリューとしては最も地味だが、現場へのインパクトが最も即効性があるのがシンナー不足だ。
シンナーの主原料はトルエンやキシレンで、いずれもナフサ(粗製ガソリン)から精製される。ナフサ価格は原油価格に連動するため、中東リスクが直撃する。価格が上がるだけならまだしも、今起きているのは「カネを出しても物がない」という供給途絶に近い状態だ。
広島市内の塗装会社ゼンヤの木原社長はこう語る。「在庫は通常の6〜7割。問屋に発注しても『次の入荷は未定』と言われる。工期が決まっている現場を抱えているのに、材料が来ない。これは価格の問題じゃない、納期の問題だ」。
塗装業は建設業の下流工程にあたる。建物の躯体ができても塗装ができなければ引き渡せない。つまりシンナー不足は、塗装業者だけでなく元請けのゼネコン、施主、さらにはその先のテナント入居スケジュールまで玉突きで遅延させる。
広島では現在、駅前再開発や広島駅ビル建て替えなど大型案件が進行中だ。こうした案件で塗装工程が遅れれば、違約金や追加コストが発生する。そのしわ寄せは、最終的に体力のない下請けの塗装業者に向かう。
シンナー1缶(16リットル)の価格は、1年前に比べて約15〜20%上昇しているとされる。塗装工事の原価に占めるシンナー比率は案件によるが10〜15%程度。つまり、シンナーだけで工事原価が1.5〜3%押し上げられる計算だ。営業利益率が5%の会社なら、利益の3〜6割が消える。
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3つの殴打は「1本の線」でつながっている
ここまで読めば構造が見えるはずだ。
中東リスク → 原油高騰 → ナフサ高騰 → シンナー不足・資材コスト増 → 利益圧迫 → 景況感悪化 → 倒産リスク上昇
これは3つの別々の問題ではなく、1本のサプライチェーン上で起きている連鎖反応だ。そして、この連鎖の各段階で最もダメージを受けるのが、価格交渉力が弱く、在庫を積む余力もなく、代替調達先を持たない地方の中小企業だ。
大企業は長期契約でナフサを確保できる。商社経由で代替ルートも持っている。中小企業にはそれがない。だから同じ「原油高」というニュースでも、届くダメージの大きさがまるで違う。
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で、どうすればいいのか——中小企業が今日からできる3つのこと
「危機管理計画を策定しましょう」「リスクマネジメントを強化しましょう」——こういう抽象論は要らない。明日の資金繰りに追われている経営者に、コンサル用語は届かない。具体的に話す。
1. 価格転嫁を「交渉」ではなく「仕組み」にする
取引先に「値上げさせてください」と頭を下げるのは精神的にきつい。だからこそ、原材料価格に連動する価格スライド条項を契約書に入れる。国交省はすでに公共工事でスライド条項の適用を拡大している。民間取引でも、この条項を入れる交渉を「今」やるべきだ。中小企業庁の「価格交渉促進月間」(毎年3月・9月)のツールを使えば、交渉の根拠資料も手に入る。
2. 在庫の「見える化」を1日で始める
シンナーが足りないという話の裏には、「そもそも自社の在庫を正確に把握していない」問題が隠れている。Googleスプレッドシートでいい。入荷日・使用量・残量を毎日記録するだけで、「あと何日分あるか」が数字で見える。これだけで発注のリードタイムを逆算でき、欠品リスクを2〜3週間前に察知できる。無料で、今日から始められる。AIツールを使えば、過去の使用量データから需要予測を立てることも、月額数千円のコストで可能だ。
3. 「自社だけで耐える」をやめる——横連携の仕入れ
広島県塗装工業協同組合のような業界団体を通じた共同購入は、個社では得られないボリュームディスカウントと供給優先権を生む。「うちは組合に入っていない」という会社も多いが、年会費数万円で仕入れコストが5%下がるなら、投資対効果は明白だ。組合でなくても、同業3〜4社で声をかけ合い、問屋への発注ロットをまとめるだけでも交渉力は変わる。
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本当に怖いのは「慣れること」
最後にひとつ。
4852社という数字、景況感42.3という数字、シンナー不足という現場の悲鳴。これらは今月のニュースとして消費され、来月には忘れられる可能性がある。
だが、中東リスクは構造的な問題だ。ホルムズ海峡の緊張は今年だけの話ではない。原油依存のサプライチェーンは、今後も同じ衝撃を繰り返し届けてくる。
「また原油が上がったね」で済ませていいのか。
広島の中小企業が本当に取り組むべきは、目の前のシンナー確保だけではない。原油価格に利益を左右される構造そのものを、少しずつでも変えていくことだ。代替素材の検討、水性塗料への切り替え、エネルギーコスト比率の低減——どれも一朝一夕にはいかない。だが、始めなければ永遠に「中東のニュースに怯える経営」から抜け出せない。
危機は、構造を変えるチャンスでもある。問題は、そのチャンスを掴む体力が残っているうちに動けるかどうかだ。
4852社の中に、あなたの取引先はないか。あなた自身の会社はないか。確認するなら、今日だ。
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