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2026.04.16

古民家サウナ、休耕畑スッポン、100円朝食——「コストの常識」を壊した瀬戸内の3つの実験

古民家サウナ、休耕畑スッポン、100円朝食——「コストの常識」を壊した瀬戸内の3つの実験

使われていない古民家。草が生い茂る休耕畑。朝食を抜く大学生。

瀬戸内に、この3つの「余りもの」をビジネスに変えた実験がある。しかも、どれも初期投資は500万円以下。大企業の新規事業部が半年かけて稟議を通している間に、現場は動き出していた。

「コストが下がると、何が起きるか?」——この問いを軸に、3つの事例を解剖する。

1. 古民家サウナ:築100年の「負債」が、坪単価ゼロの武器になる

広島市中心部から車で約50分。湯来町に、築100年超の古民家を改装したサウナがオープンした。仕掛けたのは20代の若者2人。

ポイントは「建物の取得コストがほぼゼロ」という点だ。

地方には、相続したものの使い道がなく、固定資産税だけが出ていく空き家が山ほどある。総務省の調査では、広島県内の空き家率は約15%。持ち主にとっては「持っているだけで赤字」の負債だ。だからこそ、「使ってくれるなら無償で」という交渉が成立する。

初期投資は約500万円。内訳はサウナ設備の導入と最低限の改装費が中心だ。都市部で同規模のサウナ施設を新築すれば、建物だけで2000万〜3000万円はかかる。つまり、建物コストがゼロになるだけで、損益分岐点が劇的に下がる。

想定される運営コストは月15万〜20万円。薪の調達は地元の林業者から端材を安価で仕入れ、水は湯来の天然水を活用する。光熱費の大部分を「地域資源」で置き換えている構造がうまい。

1日あたりの利用者目標は20人、客単価は2500〜3000円。年間営業日を250日とすると、売上は1250万〜1500万円。運営コストを差し引いても、年間300万円以上の利益が見込める計算だ。500万円の初期投資は2年以内に回収できる。

ここで考えたいのは、「なぜ今、古民家サウナなのか」という構造だ。

サウナブームという追い風はある。だが本質はそこじゃない。都市部のサウナは月額会員制で1万円前後。施設も増え、差別化が難しくなっている。一方、「築100年の古民家で、薪サウナに入り、川で水風呂代わりに浸かる」——この体験は都市部では絶対に再現できない。コストが安いだけでなく、体験価値で都市型施設に勝てる。これが逆転の構造だ。

課題もある。湯来町へのアクセスは車が前提で、公共交通機関では厳しい。冬場の集客をどうするか。1日20人という数字は、SNSでの発信力やリピーター施策にかかっている。「オープンして終わり」ではなく、ここからが本番だ。

2. 休耕畑スッポン:耕作放棄地の「地代ゼロ」が生む粗利率

尾道市で、耕作放棄地を使ったスッポン養殖が始まっている。

広島県内の耕作放棄地は約1万ヘクタール。全国的にも増え続けている。農地として使わなければ荒れるだけ。草刈りの手間と費用だけがかかる。古民家と同じ「持っているだけで赤字」の資産だ。

ここにスッポン養殖の池を整備する。初期投資は約300万円。池の掘削・防水処理、種苗の仕入れ、飼料の初期在庫が主な内訳だ。

注目すべきは粗利の構造。スッポンの市場価格は1kgあたり約3000円。ただし、これは卸値だ。飲食店への直販や、加工品(スッポン鍋セット、コラーゲンスープ等)にすれば、単価は跳ね上がる。1kgあたり5000〜8000円も十分に射程圏内だ。

年間収穫目標は約2000kg。卸値ベースで600万円、直販・加工込みなら1000万円以上のポテンシャルがある。飼料代や水質管理の年間コストを200万円と見積もっても、粗利率は60%を超える。

ただし、ドラフトにあった「半年で出荷可能」という記述には注意が必要だ。スッポンは一般的に出荷サイズ(800g〜1kg)に育つまで2〜3年かかる。加温養殖(ハウス内で水温を管理する方式)なら1年〜1年半に短縮できるが、それでも半年は楽観的すぎる。初回出荷までのキャッシュフローをどう乗り切るかが、このモデル最大のハードルだ。

面白いのは「スッポンのまち」というブランディングの方向性。尾道はすでに観光地としての知名度がある。「尾道ラーメン」のように、「尾道スッポン」が定着すれば、養殖だけでなく飲食・観光・加工品と、地域全体に波及する。1事業者の売上ではなく、エリアの経済圏として設計できるかどうかが分かれ目になる。

3. 100円朝食:「原価割れ」に見えて、実は最強の顧客獲得コスト

広島市内の大学で、100円の朝食が提供されている。コロッケ、目玉焼き、味噌汁、ご飯。ワンコインどころか、コンビニのおにぎり1個より安い。

1食あたりの原価は約50円。100円で売れば粗利は50円。これだけ見ると「儲からない」と思うだろう。

だが、このモデルの本質は「朝食で稼ぐこと」ではない。

大学にとって、学生の生活満足度は入学者数に直結する。少子化で大学間の競争は激化している。広島県内の18歳人口は、2015年の約2.8万人から2025年には約2.4万人へと約15%減少。定員割れは経営を直撃する。

「100円朝食がある大学」というブランドは、オープンキャンパスや口コミで確実に広がる。1人の入学者が4年間に支払う学費は400万〜500万円。100円朝食に年間200万円の補助を投じたとしても、それで入学者が5人増えれば、投資対効果は10倍以上だ。

つまり、100円朝食は「福利厚生」ではなく「マーケティング費用」。1食50円の粗利が赤字に見えるのは、会計の切り口が違うだけだ。

この発想は、中小企業にもそのまま応用できる。「原価割れに見えるサービスが、実は最も安い顧客獲得コストになる」——採用難に苦しむ地方の中小企業こそ、この構造を真似すべきだ。社員食堂を100円にする、通勤の燃料費を全額補助する。月数万円のコストで「あの会社、社員を大事にしてるらしい」という評判が広がれば、求人広告に50万円かけるより遥かに効く。

3つの実験に共通する「逆転の方程式」

ここまで見てきた3事例を並べてみる。

古民家サウナ 休耕畑スッポン 100円朝食
初期投資 約500万円 約300万円 約200万円
活用した「余りもの」 空き家 耕作放棄地 朝食を食べない時間帯の厨房
コスト圧縮のカギ 建物取得費ゼロ 地代ゼロ 既存設備の稼働率向上
収益の源泉 体験価値(都市部で再現不可) 高粗利の水産物+ブランド 顧客獲得コストの圧縮
回収見込み 約2年 3〜4年(初回出荷まで含む) 間接効果のため定量化が難しい

共通しているのは、「使われていないものの調達コストは限りなくゼロに近い」という事実を起点にしていることだ。

空き家、耕作放棄地、稼働していない時間帯の設備。どれも「持っているだけでマイナス」の資産。だからこそ、使う側は極めて有利な条件で調達できる。ここに少額の初期投資を加えるだけで、ビジネスが成立する。

これは大企業にはできない。大企業は遊休資産を「減損処理」して帳簿から消す。中小企業や個人は、その遊休資産を「タダ同然で借りて、稼ぐ」。規模の小ささが、意思決定の速さとコスト構造の軽さに直結する。

で、結局どうすればいいのか

「うちには関係ない」と思った中小企業の経営者に問いたい。

あなたの会社の半径5km以内に、空き家はないか。耕作放棄地はないか。稼働率50%以下の設備はないか。

それらは全部、「コストほぼゼロで調達できる経営資源」だ。

必要なのは、300万〜500万円の初期投資と、「まずやってみる」という判断だけ。銀行の融資担当に3ヶ月かけて説明するより、まず小さく実験してみればいい。失敗しても、失うのは数百万円。成功すれば、地域に新しい経済圏ができる。

瀬戸内の3つの実験は、まだ始まったばかりだ。成功するかどうかは分からない。だが、「余りものの調達コストがゼロに近い」という構造は、物価高が続く限り、むしろ強みが増していく。

モノの値段が上がる時代に、「タダ同然のもの」で勝負する。この逆張りの発想こそ、地方の中小企業が持つ最大の武器だと思う。