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2026.04.13

マイクロン4兆円・1万人雇用の東広島、地下水からPFAS28倍——半導体バブルの街で「水の値段」が問われている

4兆円が降ってきた街で、水が汚れている

東広島市に、米半導体大手マイクロンが最大約4兆円を投じる。新工場で約1万人の雇用が生まれる。人口約19万人の街にとって、これは「降って湧いた」どころの話ではない。人口の5%に相当する雇用が一気に生まれる衝撃だ。

だが、同じ東広島市の地下水から、PFAS(有機フッ素化合物)が国の暫定指針値の最大28倍の濃度で検出されている。

4兆円の投資と、28倍の汚染。この2つの数字が同じ街に同居している。半導体バブルに沸く東広島で、いま本当に問うべきは「雇用が何人増えるか」ではなく、「この街の水は安全なのか」だ。

不動産は上がった。で、水は?

マイクロン効果はすでに数字に出ている。東広島市内の賃貸家賃は前年同月比で約15%上昇。市内の不動産業者には「社宅用の物件を押さえたい」という問い合わせが殺到しているという。地価も上昇基調で、駅周辺の商業地は目に見えて動き始めた。

飲食、宿泊、小売——地元の中小企業にとって、1万人の新規住民は巨大な商機だ。人口減少が続く地方都市にとって、これほどの追い風はめったにない。

しかし、だ。

不動産価格が上がっている同じ地域で、地下水のPFAS濃度が指針値の28倍。この事実を、不動産の売り手も買い手も、移住を検討する人も、正面から受け止めているだろうか。

PFAS汚染が公になれば、不動産価値は一夜で反転する。アメリカでは、PFAS汚染が発覚した地域の住宅価格が20〜30%下落した事例が複数報告されている。東広島で同じことが起きない保証はどこにもない。

今の不動産上昇は「情報の非対称性」の上に乗っている可能性がある。知っている人は買わない。知らない人が買う。これは健全な市場とは言えない。

PFASとは何か——「永遠の化学物質」の厄介さ

PFAS(パーフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)は、約4,700種以上ある有機フッ素化合物の総称だ。フライパンのコーティング、防水スプレー、消火剤、そして半導体製造工程にも使われる。

厄介なのは、自然界でほぼ分解されないこと。だから「Forever Chemicals(永遠の化学物質)」と呼ばれる。一度地下水に入ると、除去コストは膨大になる。アメリカ環境保護庁(EPA)の試算では、全米の水道からPFASを除去するコストは年間15億ドル(約2,200億円)以上。一つの浄水場にフィルターを設置するだけで数千万円から数億円かかる。

国の暫定指針値は、PFOSとPFOAの合算で1リットルあたり50ナノグラム。東広島で検出された28倍は、つまり1,400ナノグラム。これは飲料水としてはもちろん、農業用水としても看過できない数値だ。

問題は、この指針値自体が「暫定」であること。欧米では規制がさらに厳格化されており、EUは2025年以降、PFASの包括的な使用制限に踏み切る方向だ。日本の指針値が今後引き下げられれば、28倍どころではない倍率になる。

半導体とPFASの「不都合な関係」

ここで触れなければならないのが、半導体製造とPFASの関係だ。

半導体の製造工程では、ウェハーの洗浄やフォトレジスト(回路パターンの転写)にPFASを含む薬品が使われる。つまり、半導体工場そのものがPFASの排出源になりうる

東広島市の既存のPFAS汚染源は、主に旧米軍の消火訓練施設や工業排水と推定されている。だが、ここにマイクロンの巨大工場が加わった場合、排水管理が万全でなければ汚染がさらに悪化するリスクは否定できない。

マイクロン側は環境対策を講じると表明しているが、具体的な排水中のPFAS濃度目標や、モニタリング体制の詳細は公開されていない。4兆円の投資に対して、環境情報の開示が追いついていない。

これは東広島だけの問題ではない。熊本のTSMC、北海道のラピダス——日本各地で半導体工場の誘致が進む中、PFASリスクの議論がほぼ欠落している。経済安全保障の名のもとに、環境リスクが後回しにされていないか。

住民の血液から検出された現実

数字だけの話ではない。

東広島市周辺では、住民の血液検査でPFASが検出されたという報告がある。全国的な調査でも、PFAS汚染地域の住民の血中濃度は非汚染地域の2〜5倍に達するケースが確認されている。

PFASの健康影響として指摘されているのは、甲状腺機能への影響、コレステロール値の上昇、免疫機能の低下、そして一部のがんリスクの増加だ。特に胎児や乳幼児への影響が懸念されており、妊婦の血中PFAS濃度と低出生体重児の関連を示す研究も複数ある。

1万人の雇用が生まれ、若い世代が移住してくる。子育て世帯が増える。その街の水が汚染されている。この矛盾を、誰が説明するのか。

地元の中小企業にとって、これは「他人事」ではない

広島県内の中小企業経営者にとって、マイクロン効果は確かにチャンスだ。建設需要、飲食需要、サービス需要——波及効果は大きい。

だが、PFAS問題が表面化したとき、真っ先にダメージを受けるのは地元の中小企業だ。

農業。東広島は酒米の産地であり、日本酒の蔵元が集積する「酒都」でもある。地下水の汚染は、酒造りの根幹を揺るがす。「東広島の水にPFAS」という報道が全国に流れたとき、ブランドへの打撃は計り知れない。

不動産。汚染が確定すれば、土地の資産価値は下落する。浄化費用の負担を誰がするのかという問題も出てくる。アメリカでは、PFAS汚染の浄化費用をめぐって自治体と企業の訴訟が相次いでいる。

観光。瀬戸内エリアの観光は「自然の豊かさ」が売りだ。水質汚染のイメージは、東広島だけでなく周辺地域の観光にも影響する。

半導体バブルの恩恵を受ける前に、リスクの棚卸しをすべきだ。

で、結局どうすればいいのか

1. 情報を取りにいく

行政の発表を待っていては遅い。東広島市や広島県が公開しているPFAS調査データを自ら確認する。井戸水を使っている事業者は、自費でも水質検査を行うべきだ。検査費用は1検体あたり3〜5万円程度。事業の根幹にかかわるリスクに対して、この投資は安い。

2. 不動産投資は「PFAS込み」で判断する

マイクロン効果で不動産を買おうとしている人は、対象地域のPFAS汚染状況を必ず確認すべきだ。将来の浄化費用や資産価値下落リスクを織り込まない投資判断は危険だ。

3. 行政に「調査の加速」を求める

現状、東広島市内のPFAS調査地点は限定的だ。特にマイクロン新工場の建設予定地周辺、および既存の汚染源周辺の網羅的な調査を、住民と事業者が一体となって求める必要がある。

4. マイクロンに「情報開示」を求める

4兆円の投資を受け入れる以上、排水中のPFAS濃度、使用するPFAS含有薬品の種類と量、排水処理の方法について、具体的な情報開示を求めるのは当然の権利だ。「企業秘密」で片付けさせてはいけない。

5. 中小企業こそ「水の安全」を競争力にする

逆転の発想もある。PFAS問題に正面から向き合い、自社の水質管理を徹底し、それを情報公開する中小企業は、消費者からの信頼を勝ち取れる。大企業にはできない「顔の見える安全」は、地方の中小企業の武器になる。

半導体バブルの「水」を見よ

4兆円と28倍。この2つの数字は、東広島の未来を左右する。

半導体は国策だ。経済安全保障上、国内生産の強化は必要だろう。だが、国策の名のもとに、地域の水と健康がないがしろにされるなら、それは地方創生ではなく地方収奪だ。

東広島で起きていることは、熊本でも北海道でも起きうる。半導体誘致に沸く全国の自治体が、同じ問いに直面する。

「経済成長と引き換えに、水を差し出すのか」

この問いから逃げてはいけない。バブルは必ず終わる。だが、汚染された水は「永遠」に残る。