「来てください」から「仕組みで稼ぐ」へ
広島の外貨の稼ぎ方が変わりつつある。
廿日市市がモン・サン・ミッシェル市と観光友好都市提携。国内最大級クルーズ客船に広島の地元食材が採用決定。2027年には初音ミク祭典が広島初上陸、動員見込み9万人——。
この3つのニュース、バラバラに見えるが、共通点がある。どれも「観光客に来てくださいとお願いする」従来型のPRではない。外から勝手にお金が流れ込む仕組みを作ろうとしている点だ。
地方の観光は長らく「PRコストをかけて、来てもらって、お金を落としてもらう」モデルだった。だが正直、このモデルは疲弊している。パンフレットを刷り、旅行博に出展し、SNSで発信して——それで何人増えたのか、いくら売上が上がったのか、答えられる自治体がどれだけあるか。
今回の3つの動きは、その構造を変えうるものだ。順に見ていく。
モン・サン・ミッシェル提携——「世界遺産×世界遺産」の看板の使い方
廿日市市とフランス・モン・サン・ミッシェル市の観光友好都市提携は、厳島神社の世界遺産登録30周年を記念して実現した。
「海に浮かぶ聖地」という共通点を持つ両者の提携は、絵面としてはきれいだ。だが問題は中身である。友好都市提携は全国の自治体が山ほどやっている。締結式で握手して、記念写真を撮って、その後何も起きない——そんな事例を嫌というほど見てきた。
では、今回はどうか。注目すべきはモン・サン・ミッシェル側のブランド力の非対称性だ。モン・サン・ミッシェルの年間来訪者数は約250万人。欧州を中心にグローバルな知名度を持つ。一方、宮島(厳島神社)の来島者数はコロナ前のピークで約460万人と国内では圧倒的だが、欧米での認知度はまだ伸びしろがある。
つまり、この提携の本質は「モン・サン・ミッシェルの看板を借りて、欧米マーケットへの入口を作る」ことにある。共同キャンペーンやイベントが計画されているというが、ここで問われるのは具体的な導線設計だ。
たとえば、モン・サン・ミッシェルの現地で「姉妹聖地・宮島」のプロモーションを打てるなら、それは広島県が単独で欧州の旅行博に出展するより遥かにコスパが良い。旅行博の出展費用は1回あたり数百万円から数千万円。それがモン・サン・ミッシェルの現地で年間250万人の目に触れる場所にブースを置けるなら、1人あたりの接触コストは桁違いに下がる。
逆に言えば、「提携しました」で終わったら、ただの記念行事だ。中小企業にとっての商機は、この提携がどこまで「チャネル」として機能するかにかかっている。宮島の土産物店、宿泊施設、体験型サービスの事業者が、欧米客向けに何を準備できるか。英語対応、キャッシュレス決済、予約システム——やるべきことは山ほどある。
クルーズ船への食材採用——「売り先が来る」という逆転構造
国内最大級のクルーズ客船に広島の地元食材が採用される。これは地味に見えて、構造的にインパクトが大きい。
なぜか。通常、地方の食材を全国・海外に売ろうとすると、物流コスト、営業コスト、ブランディングコストが壁になる。広島の牡蠣は知名度があるとはいえ、海外の富裕層に直接リーチするには、商社を通すか、海外の展示会に出るか、ECサイトを作るか——いずれにしてもコストと時間がかかる。
クルーズ船は、その壁を一気に飛び越える。客が船に乗って広島に来て、船の上で広島の食材を食べる。つまり、売り先のほうが移動してくる。物流コストは最小限。しかも、クルーズ船の乗客は平均的な観光客より消費単価が高い。1人あたりの寄港地での消費額は数万円規模とされ、船内での食体験がそのまま寄港地での購買行動につながる。
広島の生産者にとって重要なのは、クルーズ船への食材納入が「実績」になることだ。「国内最大級のクルーズ客船で採用」という一行は、営業資料に載せれば他の販路開拓にも効く。ホテルチェーン、航空会社のケータリング、海外レストラン——BtoBの営業において「実績」は最強の武器だ。
ただし、課題もある。クルーズ船が求めるのは安定供給と品質管理だ。個人経営の牡蠣養殖業者が単独で対応するのは難しい。ここに、地元の中小企業が連携して供給体制を組む余地がある。JA、漁協、食品加工業者が横でつながれるかどうか。これは自治体の調整力が問われる場面だ。
初音ミク9万人——「コンテンツ消費型観光」の破壊力
2027年、初音ミクの大型祭典が広島に初上陸する。動員見込み9万人。
この数字の意味を考えてみる。広島市の主要イベントであるフラワーフェスティバルの来場者数は例年160万人超だが、これは無料の市民祭り。有料チケットで9万人を動員するイベントは、広島では異例の規模だ。
仮にチケット単価を1万円とすれば、チケット収入だけで9億円。宿泊、飲食、交通、グッズ購入を含めた経済波及効果は数十億円規模になる可能性がある。しかも初音ミクのファン層は10代〜30代が中心で、広島観光の従来のメインターゲット(修学旅行生、シニア層)とは完全に別の客層だ。
中小企業にとっての論点は明確だ。この9万人に何を売るか。
コラボ商品の企画、限定メニューの開発、宿泊プランの設計——動ける企業は今から準備を始めるべきだ。2027年は2年後。商品開発のリードタイムを考えれば、もう時間はそれほどない。
ただし、注意点もある。こうした大型IPイベントは、ライセンス管理が厳格だ。勝手にキャラクターを使った商品を作れば権利侵害になる。公式コラボの枠に入れるかどうかが勝負で、そのためには企画力と交渉力が要る。地元の商工会議所や観光協会が窓口になって、中小企業がまとまって提案できる体制を作れるかどうか。ここが分かれ目だ。
3つの動きに共通する構造変化
モン・サン・ミッシェル提携、クルーズ船食材採用、初音ミク祭典。この3つに共通するのは、「広島から出ていく」のではなく「外から入ってくる仕組み」を作っていることだ。
従来の地方観光は、自治体が予算をかけて東京や海外にPRしに行くモデルだった。でもそのモデルは、予算が尽きたら終わる。人口が減り、税収が減る地方自治体にとって、持続可能なモデルではない。
今回の3つの施策は、いずれも外部のプラットフォームやブランドに乗る形になっている。モン・サン・ミッシェルという世界ブランド、クルーズ船という移動する消費空間、初音ミクというグローバルIP。自前でゼロからブランドを作るのではなく、すでに集客力を持つ仕組みに広島の資源を接続する。
これは中小企業の経営戦略と同じだ。自社で広告費を何百万もかけるより、Amazonや楽天に出店するほうが早い。自社メディアをゼロから育てるより、すでにトラフィックのあるプラットフォームに乗るほうが合理的。地方観光も同じ発想ができる時代になった。
で、中小企業は何をすべきか
結論。この3つの動きを「いいニュースですね」で終わらせたらもったいない。
やるべきことは具体的だ。
1. 欧米客対応の準備を始める。 モン・サン・ミッシェル提携が機能すれば、欧米からの個人旅行者が増える。英語メニュー、多言語対応の予約システム、キャッシュレス決済。最低限これだけは整えておく。今はAI翻訳で英語メニューを作るコストは数千円まで下がっている。やらない理由がない。
2. クルーズ船の納入実績を次の営業に使う。 食材を納入する事業者は、その実績をBtoB営業の武器にする。ホテル、レストランチェーン、航空会社——「クルーズ船で採用された広島の食材」は強い名刺代わりになる。
3. 初音ミク9万人に向けた商品企画を今から動く。 ライセンス交渉のリードタイムを逆算すると、2025年中に動き始めないと間に合わない。商工会議所、観光協会に声をかけて、公式コラボの枠を確保する動きを取るべきだ。
4. 3つの施策を「点」で終わらせない。 モン・サン・ミッシェル提携で来た欧米客に、クルーズ船で提供した食材と同じものを地元の飲食店で出す。初音ミクで来た若年層に、宮島の新しい体験コンテンツを提案する。点を線にする設計は、現場の中小企業にしかできない。
広島の外貨の稼ぎ方が変わりつつある。問題は、この変化に乗れるかどうかだ。仕組みは自治体が作る。でも、その仕組みの上で実際に稼ぐのは、現場の中小企業だ。待っていても誰も声をかけてくれない。自分から仕組みに接続しにいく企業だけが、この変化の恩恵を受ける。
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