結論から言う。瀬戸内の製造業は「防衛」で食えるようになるのか
商船しか造ってこなかった尾道造船が、無人水上艇(USV)の量産に乗り出す。呉市の日本製鉄跡地には、防衛省が複合防衛拠点を計画し、小泉防衛相が視察に入った。マイクロンは広島工場に最大1.5兆円を投じる。
瀬戸内に「防衛・安全保障」という新しいカネの流れが生まれつつある。これは事実だ。
だが、地場の中小企業にとって、これは本当にチャンスなのか? 「軍民両用(デュアルユース)」という言葉の響きはいい。しかし、その裏にあるコスト構造、参入障壁、そして依存リスクを直視しないまま「地域が活性化する」と言うのは無責任だ。
数字と構造で考える。
—
尾道造船の無人艇——「年間数十艇」が意味するもの
尾道造船はこれまで商船専業だった。バルクキャリアやタンカーを年間10隻前後建造し、売上高は推定で数百億円規模。従業員は約1,000人。瀬戸内の中堅造船所として堅実な経営を続けてきた会社だ。
その尾道造船が、自衛隊・米軍向けに無人水上艇の量産を提案している。報道ベースでは年間数十艇の供給を想定し、売上規模は数十億円とされる。
ここで考えるべきは、「数十億円」という数字の意味だ。
商船1隻の建造費は数十億〜百億円超。つまり無人艇事業は、売上だけ見れば商船1〜2隻分に過ぎない。尾道造船にとっては「新規事業の柱」ではあっても、「本業を置き換える」規模ではない。
では、なぜやるのか。
答えはシンプルだ。商船市場だけでは先が読めないからだ。
世界の新造船市場は中国・韓国が圧倒的なシェアを持ち、日本のシェアは2023年時点で受注量ベースで約5〜6%まで落ちている。LNG船や大型コンテナ船では韓国勢に、バルクキャリアでは中国勢に価格で勝てない。瀬戸内の中堅造船所が商船だけで生き残る難易度は、年々上がっている。
そこに「無人艇」という新市場が現れた。防衛省は2024年度予算で無人アセット関連に約2,000億円を計上し、前年度比で大幅増。米海軍も無人艦艇プログラム(Ghost Fleet Overlord等)を加速させている。市場自体が急拡大している。
重要なのは、無人艇は大型商船と違い、「小さい船を大量に造る」ビジネスだということ。1艇あたりの単価は数千万〜数億円。大型ドックがなくても造れる。むしろ、中小規模の造船所の方が小回りが利く。
ここに逆転の構造がある。 大手造船所が大型艦艇に集中する中、中堅の尾道造船が無人艇の「量産工場」になれれば、規模の不利がそのまま有利に変わる。大企業が手を出しにくい「小ロット・多品種・高頻度」の領域は、中小企業の土俵だ。
—
呉の防衛拠点——「数百億円」の投資は地場に落ちるのか
呉市の日本製鉄跡地に計画される複合防衛拠点。報道では整備費は数百億円規模とされる。
呉はかつて海軍工廠の街だった。戦後は製鉄と造船で食ってきたが、日本製鉄の呉製鉄所は2023年9月に全面閉鎖。約2,300人の雇用が失われた。跡地の活用は呉市にとって最重要課題だ。
そこに防衛省が手を挙げた。弾薬庫、整備施設、訓練場などを含む複合拠点の構想が浮上している。
だが、ここで冷静に考えたい。「数百億円の投資」のうち、いくらが地場企業に落ちるのか。
防衛関連の建設工事は、大手ゼネコンが元請けになるのが通例だ。鹿島、大成、清水——こうした企業がプライムを取り、地場の建設会社は下請けに入る。施設完成後の維持管理や部品供給で地場企業が入る余地はあるが、建設フェーズでの取り分は限定的だろう。
もう一つの論点がある。防衛拠点は「恒久的な雇用」を生むのか。
製鉄所は約2,300人を雇用していた。防衛拠点の常駐人員がどの程度になるかは未発表だが、一般的な自衛隊の駐屯地・基地の規模から推測すれば、数百〜千人規模だろう。製鉄所時代の雇用をそのまま代替するのは難しい。
ただし、防衛拠点には「波及効果」がある。基地周辺の飲食・宿泊・物流・清掃・警備——こうした周辺産業への需要は確実に生まれる。加えて、拠点に配備される装備品の整備・補修で地場の金属加工業や電子機器メーカーが参入できれば、製造業としての受注も期待できる。
問題は「参入できるかどうか」だ。 防衛調達には厳格な品質基準、秘密保全の要件、特殊な契約形態がある。これまで民需しかやってこなかった中小企業が、いきなり防衛調達に入れるわけではない。ここが最大のハードルだ。
—
マイクロンの1.5兆円と「半導体×防衛」の接点
もう一つ、見逃せない動きがある。マイクロン・テクノロジーの広島工場(東広島市)への最大1.5兆円の投資だ。最先端DRAM(1γ世代)の量産拠点として、日本政府からも最大3,585億円の補助が決定している。
半導体と防衛は直結している。無人艇にも、防衛拠点の通信システムにも、半導体は不可欠だ。経済安全保障の観点から「国内で半導体を作れること」自体が防衛力になる時代だ。
では、地場の中小企業にとってマイクロンの投資はどう効くのか。
直接的には、工場建設・設備搬入に伴う建設需要がある。ただしこれは一時的だ。恒久的な効果は、サプライチェーンへの参入にある。半導体製造に必要な特殊ガス、超純水、精密部品、クリーンルーム関連資材——こうした分野で地場企業が入り込めるかどうか。
現実には、半導体のサプライチェーンは極めて専門性が高く、既存の大手サプライヤーが強固なポジションを持っている。中小企業が「半導体関連の受注を取る」と言うのは簡単だが、求められる品質水準と設備投資のハードルは高い。クリーンルーム対応の設備を一つ導入するだけで数千万〜数億円かかる。
ここで「やれるかどうか」の分かれ目は、実は技術力だけではない。 情報だ。どんな部品が、どんな仕様で、いつ必要になるのか。この情報にアクセスできるかどうかで勝負が決まる。大企業は調達部門同士のネットワークで情報が入る。中小企業にはそれがない。
—
「軍民両用」の本質——中小企業にとって何が変わるのか
ここまでの話を整理する。
- 尾道造船の無人艇:中堅造船所が「小さい船を大量に」という新市場で勝負できる構造がある。下請けの金属加工・電装品メーカーにも受注が波及する可能性あり。
- 呉の防衛拠点:建設フェーズは大手が取る。地場企業の勝負は「維持管理・補修・周辺サービス」。ただし防衛調達の参入障壁は高い。
- マイクロンの半導体投資:サプライチェーンへの参入余地はあるが、設備投資と情報アクセスのハードルが大きい。
共通する課題は一つ。「新しい市場のルールを知っているかどうか」だ。
防衛調達の契約形態、秘密保全の要件、品質管理基準、半導体サプライチェーンの仕様書の読み方——こうした「ルール」を知らないまま、「チャンスだ」と飛びついても、入り口で弾かれる。
逆に言えば、ルールを学び、小さく実験し、実績を積める企業には確実にチャンスがある。 防衛省は近年、スタートアップや中小企業からの技術提案を受け付ける制度(防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」等)を拡充している。門戸は以前より開いている。
—
で、結局どうすればいいのか
瀬戸内の中小企業経営者に伝えたいことは3つだ。
1. 「防衛=大企業の仕事」という思い込みを捨てろ。
無人艇のような新領域は、まだサプライチェーンが固まっていない。今なら入れる。5年後には大手が押さえて入れなくなる。動くなら今だ。
2. まず「防衛調達の仕組み」を学べ。
技術がある会社は多い。足りないのは「防衛の世界のルール」の知識だ。防衛装備庁の公募情報を見たことがあるか? 中国地方防衛局の調達情報をチェックしているか? ここから始めるだけで景色が変わる。
3. 一社で抱えるな。地場企業同士で組め。
防衛調達の品質基準を一社でクリアするのは大変だ。しかし、金属加工のA社、電装のB社、ソフトウェアのC社が組めば、「チームとして」プライムに提案できる。中小企業の強みは「組み替えの柔軟さ」だ。大企業にはこれができない。
—
楽観も悲観もいらない。必要なのは「構造の理解」だ
瀬戸内の製造業が「防衛」で丸ごと潤う——そんな単純な話ではない。防衛予算は政治に左右される。政権が変われば優先順位も変わる。一つの市場に依存するリスクは、製鉄所閉鎖で呉が経験したばかりだ。
だが、「商船だけ」「民需だけ」で食える時代が終わりつつあるのも事実だ。中国・韓国との価格競争、人口減による国内市場の縮小——この構造は変わらない。
「軍民両用」は、選択肢を一つ増やすということだ。 それ以上でもそれ以下でもない。
問いはシンプルだ。あなたの会社は、新しい選択肢を取りに行く準備ができているか。
防衛装備庁の公募ページを開くところから、始めてみればいい。
—
