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2026.09.03

概算金4割減の衝撃——西条酒造学校と修道大農学部は「広島の米と酒」を救えるか

米1俵9,000円台。これで誰が作り続けるのか

2024年産の広島県産米の概算金が前年比約4割減となった。コシヒカリで60kgあたり9,000円前後。生産コストは品種や地域によるが、農水省の統計では全国平均で60kgあたり約15,000円とされる。つまり、作れば作るほど赤字になる構造だ。

JAひろしまによれば、出荷契約が確保できない農家はさらに減額される可能性もある。広島県内の農家からは「このままでは来年の作付けを減らすしかない」という声が上がっている。

この状況下で、2つの動きが同時に起きている。西条酒造学校の「人材育成特化」宣言と、広島修道大学の農学部新設だ。一見バラバラに見えるこの2つは、実は同じ問いに向き合っている。

「人を育てなければ、米も酒も消える」——その危機感だ。

西条酒造学校が「人材育成」に舵を切った本当の理由

西条は灘・伏見と並ぶ日本三大酒処の一つ。JR西条駅から徒歩圏内に7つの酒蔵が並ぶ「酒蔵通り」は、年間30万人以上が訪れる観光資源でもある。

しかし、足元の数字は厳しい。国税庁の統計によれば、日本酒の国内出荷量はピーク時(1973年)の約170万kLから、2022年には約40万kLまで減少。約4分の1だ。広島県内の酒蔵数も、最盛期の300以上から現在は約40にまで減っている。

酒が売れない。蔵が減る。すると何が起きるか。酒造りを知っている人間がいなくなる。

杜氏の高齢化は全国的な問題だが、広島も例外ではない。広島杜氏の技術は「軟水醸造法」という独自の製法に支えられている。三浦仙三郎が明治期に確立したこの技法は、硬水に比べて発酵管理が難しく、経験と勘が求められる。マニュアル化しにくい技術だからこそ、人から人へ伝えるしかない。

西条酒造学校が「人材育成特化」を打ち出した背景はここにある。技術だけではない。経営、マーケティング、地域との関係づくり。酒蔵を「続ける」ために必要なスキルセットを丸ごと教える場を作ろうとしている。

最近では音楽×日本酒のイベントなど、従来の酒蔵見学とは異なるアプローチで20〜30代の来場者を増やしている。これは単なるPRではなく、「日本酒に関わりたい」という人材の入口を広げる戦略だ。

問題は、これが「酒蔵の中」だけで完結しないことだ。

修道大農学部——「教える場所」ができることの意味

広島修道大学が2025年春に農学部を新設する。広島県内の4年制大学では初の農学部だ。

ここで考えたいのは、「なぜ今まで広島に農学部がなかったのか」という問いだ。

広島県の農業産出額は約1,200億円(2022年、農水省統計)。全国で30位前後。中国地方では岡山に次ぐ規模だが、製造業や商業と比べると存在感は薄い。マツダ、広島銀行、中国電力——広島の経済を語るとき、農業が主語になることは少ない。

だが、米に限って言えば話は別だ。広島県は酒造好適米「八反錦」の主産地であり、西条の酒蔵にとって県内産米は品質の根幹を支える存在だ。酒米は一般的な食用米より栽培が難しく、倒伏しやすい品種も多い。作り手の技術と経験が品質に直結する。

その作り手が、概算金4割減で離農を検討している。

修道大の農学部が具体的にどんなカリキュラムを組むかはまだ全貌が見えていないが、重要なのは「広島で農業を学ぶ選択肢ができる」こと自体だ。これまで農学を志す広島の高校生は、県外の大学に出るしかなかった。出た先で就農すれば、広島には戻ってこない。

農学部ができれば、4年間を広島で過ごしながら、地元の農家や酒蔵と接点を持てる。インターンやフィールドワークで西条の酒米農家に入る学生が出てくれば、それだけで「人の流れ」が変わる。

ただし、ここには冷静に見るべきポイントもある。

「人を育てれば解決する」は本当か?——構造の問題を直視する

人材育成は必要条件だが、十分条件ではない。

概算金4割減の問題は、人がいないから起きているのではない。米が余っているから起きている。 2024年産米は全国的に豊作基調で、在庫が積み上がった。需給バランスが崩れた結果の価格下落だ。

ここで構造を整理する。

つまり、人を育てても「売り先」がなければ米も酒も経済的に成り立たない。

では、どうするか。

中小酒蔵だからこそできる「逆転の構造」

ここからが本題だ。

大手酒造メーカーは大量生産・大量流通で勝負する。スーパーの棚を取り、価格競争に耐えられる体力がある。中小の蔵がこの土俵で戦っても勝ち目はない。

だが、コスト構造の変化が中小に有利な風を吹かせ始めている。

1. 情報発信コストの激減

かつて酒蔵が全国に名前を売ろうと思えば、雑誌広告や展示会出展で数百万円が必要だった。今はSNSとECサイトで、ほぼゼロ円から始められる。西条の蔵元がInstagramで醸造工程を発信し、海外のファンから直接注文が入る——そんな事例はすでに生まれている。

2. 小ロット・高単価の市場拡大

日本酒市場全体は縮小しているが、四合瓶で3,000〜5,000円の「プレミアム日本酒」市場は伸びている。大手が苦手な「少量限定・ストーリー付き」の商品は、中小蔵の独壇場だ。八反錦100%、西条の軟水仕込み、杜氏の名前と顔が見える——これだけで差別化になる。

3. 観光×体験の直接収益化

西条酒蔵通りの年間来訪者30万人。この人たちに「蔵で買って帰ってもらう」だけでなく、「酒造り体験」「田植え体験」「蔵泊」といった体験型コンテンツを提供すれば、客単価は飛躍的に上がる。1人あたりの消費額が1,000円から10,000円に変わる可能性がある。

これらはすべて、「人」がいなければ実現しない。SNSを運用する人、体験プログラムを設計する人、海外の顧客とやりとりする人。酒を醸す技術だけでなく、酒を「届ける」技術を持った人材が必要だ。

西条酒造学校が育てるべきは、まさにこの「届ける人材」だろう。

米農家に必要なのは「作り方」ではなく「売り先の設計」

修道大農学部に期待したいのは、栽培技術の研究だけではない。

概算金9,000円の米を15,000円で売る方法を考えられる人材を育てることだ。

例えば、酒蔵と農家の契約栽培。酒蔵が「この品種をこの栽培方法で作ってくれたら、市場価格の1.5倍で買い取る」という契約を結べば、農家の経営は安定する。酒蔵は原料の品質を確保できる。これは大規模農業では難しく、顔の見える関係がある地域だからこそ成立するモデルだ。

さらに、酒米だけでなく「広島の米」そのもののブランディングも課題だ。新潟のコシヒカリ、山形のつや姫、北海道のゆめぴりかのように、消費者が指名買いする米が広島にはまだない。農学部が品種改良やブランド戦略の研究拠点になれば、長期的に広島の米の価値を押し上げる可能性がある。

「三層の連携」は絵に描いた餅か、実現可能な設計図か

整理しよう。

この三層が連携すれば、理屈の上では循環が生まれる。だが、現実には壁がある。

最大の壁は時間だ。農学部の1期生が卒業するのは4年後。その4年間で廃業する農家や酒蔵が出れば、育った人材の受け皿がなくなる。人材育成は「今すぐ」の処方箋にはならない。

だからこそ、短期と長期の施策を分けて考える必要がある。

短期(1〜2年):酒蔵と農家の契約栽培モデルの構築、体験型観光の収益化、SNS・EC活用による直販強化

中長期(3〜5年):農学部・酒造学校からの人材輩出、広島米のブランド確立、輸出チャネルの開拓

短期施策で「今いる人」の経営を守りながら、中長期で「次の人」を育てる。この二段構えができるかどうかが、広島の米と酒の未来を分ける。

で、結局どうすればいいのか

「人を育てる」は正しい方向だ。だが、それだけでは足りない。

育てた人が食っていける経済構造を同時に作らなければ、せっかくの人材は広島を離れる。農学部を出た学生が「広島で農業をやりたい」と思っても、概算金9,000円では生活できない。酒造学校を出た若者が「蔵で働きたい」と思っても、年収250万円では続かない。

必要なのは、「人を育てる」と「稼げる仕組みを作る」のセットだ。

西条酒造学校と修道大農学部が、単なる「学びの場」ではなく、地域経済の設計図を描く拠点になれるか。酒蔵と農家と大学が、それぞれの利害を超えて同じテーブルにつけるか。

概算金4割減という衝撃は、裏を返せば「今の構造のままではもたない」という明確なシグナルだ。このシグナルを無視して楽観論に逃げるのか、構造を変える契機にするのか。

広島の米と酒の未来は、「誰かが何とかしてくれる」では救えない。作る人、醸す人、教える人、そして買う人——すべてが当事者だ。