39.7℃。これは「暑い夏」ではない。災害だ。
岩国市39.7℃、府中市39.5℃。いずれも県内観測史上最高クラスの数字が叩き出された。
この気温を「今年は暑いですね」で済ませている中小企業の経営者がいたら、はっきり言う。認識が甘い。
39℃超の環境下で、工場の鉄骨屋根の下は軽く50℃を超える。屋外の建設現場はそれ以上だ。この暑さは、電気代を跳ね上げ、人が倒れ、現場が止まり、保険料が上がる。つまり「コスト構造そのもの」が変わるということだ。
瀬戸内の中小企業にとって、猛暑はもはや天気の話ではない。経営の話だ。
電気代だけで月20万〜40万円の追加コスト
まず、最も直接的なインパクトは空調・電力コストだ。
従業員20〜30人規模の町工場を想定してみる。工場面積300〜500㎡、業務用エアコン3〜5台をフル稼働させた場合、通常の夏季(7〜8月)の電力費は月40万〜60万円程度。これが39℃超の猛暑日が連続すると、稼働時間の延長と負荷増大で30〜50%増になる。金額にして月12万〜30万円の上乗せだ。
さらに見落とされがちなのが、そもそも空調が効かない現場の存在だ。溶接、鍛造、塗装——瀬戸内には熱を扱う製造業が多い。こうした現場では大型スポットクーラーや遮熱シートの追加導入が必要になり、初期投資だけで100万〜300万円が飛ぶ。
「去年まで扇風機で回していた」という現場は、今年それが通用しない。39℃の外気を扇風機で回しても、熱風が循環するだけだ。
熱中症1件で現場は止まる。コストは「1人分の日当」では済まない
白木山で登山者が熱中症によりヘリ搬送された事例が報じられている。これは山の話だが、構造は工場や建設現場でも同じだ。
厚生労働省の統計によれば、2023年の職場における熱中症による死傷者数(死亡・休業4日以上)は1,106人。そのうち建設業と製造業が全体の約4割を占める。瀬戸内エリアのように気温が高く、かつ製造業・建設業の比率が高い地域は、まさにリスクの集中地帯だ。
問題はコスト構造にある。熱中症で従業員が1人倒れた場合、何が起きるか。
- 救急搬送・医療費:労災適用で企業負担は限定的だが、手続きコストは発生
- 休業補償:労災認定されれば休業4日目以降、給付基礎日額の80%(特別支給金含む)が支給されるが、企業側も最初の3日間は休業手当(平均賃金の60%以上)を負担
- 現場停止のロス:1人が抜ければラインが止まる。特に中小企業は「1人が複数工程を担当」しているケースが多く、代替要員がいない。半日〜1日の生産停止で、売上ベースで数十万円の機会損失が出る
- 労災保険料の上昇:メリット制の適用がある事業所では、翌年度以降の保険料率が上がる可能性がある
- 元請・取引先からの信頼低下:特に建設業では、労災発生が入札や受注に直結する
1件の熱中症が、直接・間接合わせて50万〜200万円規模のコストインパクトになる。これが夏の間に2件、3件と起きたらどうなるか。従業員10人の会社にとっては、年間利益が吹き飛ぶ水準だ。
「10年に一度」が毎年来る時代の設備投資判断
気象庁は今夏の高温を「10年に一度程度の異常気象」と位置づけた。だが、この「10年に一度」は近年ほぼ毎年のように更新されている。2018年、2020年、2023年、そして今年。瀬戸内は毎年のように「観測史上最高」を塗り替えている。
つまり、39℃超は「異常」ではなく「新しい通常」になりつつあるということだ。
この前提に立つと、設備投資の判断基準が変わる。
従来:「エアコンが壊れたら買い替える」「暑い年だけスポットクーラーをレンタルする」
これからは:「39℃が常態化する前提で、5年間の空調・労務コストをシミュレーションし、先行投資する」
具体的に試算してみる。
- 高効率業務用エアコンへの入替(3台):初期投資 約250万〜400万円
- 遮熱塗装・断熱改修:約100万〜200万円
- 空調服の全従業員配備(20人×1.5万円):約30万円
合計で400万〜630万円。一見大きいが、電力費の削減(年間30万〜60万円)と労災リスクの低減(年間50万〜200万円の潜在コスト回避)を合わせれば、3〜5年で回収できる投資だ。
しかも、中小企業向けには「事業場における労働者の健康確保のための設備投資」に使える補助金・助成金が複数ある。厚労省の「エイジフレンドリー補助金」や、各自治体の省エネ設備導入補助などを組み合わせれば、実質負担はさらに下がる。
やらない理由がない。問題は「知らない」か「後回しにしている」かのどちらかだ。
広島カープの「空調服付きチケット」が示すヒント
面白い動きがある。広島東洋カープが今夏、空調服付きの観戦チケットを販売した。炎天下のマツダスタジアムで、ファン付きベストを着て観戦するというものだ。
これを「球団のファンサービス」と見るか、「猛暑を前提とした新しい顧客体験設計」と見るかで、経営者としてのセンスが分かれる。
瀬戸内は観光資源の宝庫だ。しまなみ海道のサイクリング、宮島の参拝、尾道の散策——だが、39℃の炎天下でこれらを楽しめるか? 答えはノーだ。
ここにビジネスチャンスがある。
- 空調服・冷却グッズのレンタルサービス:サイクリングターミナルや観光案内所での貸出。1日500〜1,000円で、夏季3ヶ月で数百万円の売上が見込める
- 早朝・夜間シフトの観光プラン:朝5時出発のしまなみサイクリング、日没後の宮島ナイトツアーなど。時間帯をずらすだけで「暑さ回避」と「特別感」の両方を提供できる
- 「涼」を売る宿泊・飲食:冷房の効いた古民家カフェ、瀬戸内の海風を活かした半屋外スペースなど。暑さ自体をコンテンツ化する発想
大手旅行会社にはできない、地元の中小事業者だからこそできる「猛暑対応型サービス」だ。気候変動を嘆くのではなく、変わった環境を前提に商売を再設計する。これが中小企業の生存戦略だ。
「働き方」も39℃仕様にアップデートすべき
最後に、労務管理の話をする。
39℃の日に、8時〜17時のフルタイムで屋外作業をさせるのは、もはや合理的ではない。朝6時〜11時、夕方16時〜19時の「2部制」にするだけで、最も危険な時間帯(12時〜15時)を避けられる。
「そんなことをしたら生産性が落ちる」と思うかもしれない。だが、35℃を超えると労働生産性は最大で40%低下するという研究データがある(ILO、2019年)。つまり、暑い時間帯に無理に働かせても、実質的な生産量は「涼しい時間帯に集中して働く」場合と大差ない。むしろ、熱中症リスクを考えれば、時間帯シフトの方がトータルコストは安い。
建設業では、すでに一部のゼネコンが「サマータイム制」を導入し、朝7時始業・15時終業としている。中小企業こそ、意思決定が速い分、こうした柔軟な対応がしやすいはずだ。
で、結局どうすればいいのか
まとめる。
- 電力費の追加コストを「見える化」せよ。去年と今年の7〜8月の電気代を比較するだけでいい。差額が見えれば、投資判断の根拠になる
- 熱中症の「隠れコスト」を計算せよ。1件あたり50万〜200万円。これを経営リスクとして認識する
- 空調設備・遮熱改修の投資を今期中に検討せよ。補助金の申請期限は秋〜冬が多い。来夏に間に合わせるなら、今動くしかない
- 労働時間を「気温連動型」に再設計せよ。35℃超の日は時間帯シフト。中小企業の機動力を活かす
- 猛暑を「新しい市場」として捉えよ。特に観光・サービス業は、暑さ対応そのものがサービスになる
39.7℃は、瀬戸内の中小企業に対する警告だ。これを「暑かったね」で終わらせるか、「経営を変えるきっかけ」にするか。答えは、この夏の行動で決まる。
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