数字は華やかだ。だが、財布は開いているのか
尾道市の外国人観光客が70万人を超えた。広島市は観光客数1476万人で1975年の統計開始以来の過去最多。瀬戸内エリアに関わる人間としては嬉しいニュースだ。
だが、ここで一つ問いたい。
「その70万人、1476万人は、地元にいくら落としたのか?」
観光客数は増えた。SNSのおかげで知名度も上がった。しかし「人が来た=地元が潤った」ではない。この構造を直視しないと、瀬戸内の観光は「映えるけど儲からない」まま終わる。
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尾道の70万人——SNSが連れてきた客の正体
尾道に外国人が殺到している背景は明確だ。InstagramやTikTok、YouTubeで「千光寺からの眺望」「坂道と猫」「しまなみ海道のサイクリング」が拡散された。特にアジア圏の旅行者にとって、尾道は「京都ほど混んでいない日本の原風景」として刺さっている。
SNSの集客力は凄まじい。自治体が数千万円かけて海外PR会社に依頼していた時代から考えれば、コストはほぼゼロで70万人が来たわけだ。これ自体は革命的な変化だと言っていい。
問題は、その70万人の中身だ。
尾道を訪れる外国人観光客の多くは日帰り、もしくは通過型だ。広島市内や倉敷に宿を取り、日中に尾道を「立ち寄る」パターンが主流とされる。滞在時間は平均2〜4時間程度。千光寺に登り、商店街でラーメンを食べ、映える写真を撮って帰る。
消費額はどうか。観光庁の訪日外国人消費動向調査(2024年)によれば、訪日外国人の1人あたり旅行支出は全国平均で約22万円。だがこれは宿泊費・交通費込みの数字だ。尾道のような「立ち寄り観光地」に落ちる金額は、ラーメン1杯800円+お土産1000円+ロープウェイ500円。ざっくり1人2000〜3000円と見るのが現実的だろう。
70万人×2500円=約17.5億円。悪くない数字に見えるが、尾道市の一般会計予算は約500億円規模だ。観光客70万人の消費インパクトは、街全体の経済から見れば限定的と言わざるを得ない。
しかも、この17.5億円がどこに落ちているか。商店街の一部の飲食店、ロープウェイ、一部の土産物店に集中している可能性が高い。つまり「70万人が来ているのに、恩恵を受けている事業者はごく一部」という構造だ。
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広島市1476万人の内実——路面電車の乗り入れは何を変えたか
広島市の観光客数1476万人は、前年比42万人増。円安効果、G7広島サミット後の知名度向上、そしてインバウンド全体の回復が重なった結果だ。
注目すべきは、2025年3月に実現した広島電鉄の広島駅ビル乗り入れだ。路面電車が駅ビル2階に直結したことで、広島駅から中心市街地(紙屋町・八丁堀エリア)へのアクセスが劇的に改善された。乗り換えなし、所要時間も短縮。これにより、観光客が駅周辺だけで完結せず、中心市街地まで足を伸ばすようになった。
実際、中心市街地の消費データには変化が出ている。駅ビル乗り入れ後の月次データでは、紙屋町・八丁堀エリアの商業施設売上が前年同月比で増加傾向にあるとされる。交通インフラの改善が消費動線を変えた好例だ。
ただし、ここにも「偏り」がある。
恩恵を受けているのは中心市街地の大型商業施設や百貨店が中心だ。広島市内でも、西区や安佐南区、佐伯区といった周辺エリアの中小の飲食店や小売店には、観光客の消費はほとんど届いていない。宮島口のある廿日市市は別として、広島市内の観光消費は「原爆ドーム→平和記念公園→中心市街地」という黄金ルート上に集中している。
さらに気になるのが、プレミアム商品券の売れ残りだ。地域経済の活性化を狙って発行された商品券が完売しないという事実は、「消費を促す仕組み」と「実際の消費行動」の間にズレがあることを示している。商品券を買ってまで消費する層と、SNSで来てサクッと帰る層は、そもそも別の人種だ。
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本質的な問い——「客数」を追うのか、「客単価×滞在時間」を追うのか
ここで構造的に考えたい。
観光の経済効果は、極めてシンプルな式で表せる。
経済効果 = 客数 × 客単価 × 滞在時間(泊数)
尾道も広島市も、「客数」は伸びている。だが「客単価」と「滞在時間」はどうか。
日帰り客の客単価は、宿泊客の5分の1以下というデータがある。観光庁の調査では、日帰り旅行の1人あたり消費額は約1.8万円(国内旅行者)に対し、宿泊旅行は約5.5万円。外国人の場合、宿泊を伴えば1泊あたり3〜5万円の消費が見込める。
つまり、70万人の日帰り客より、10万人の2泊3日の客の方が、地元に落ちる金額は大きい可能性がある。
10万人 × 4万円/泊 × 2泊 = 80億円。
70万人 × 2500円 = 17.5億円。
4倍以上の差だ。
これは「SNSで来る客が悪い」という話ではない。SNSは最強の集客装置だ。問題は、来た客を「通過」させているか「滞在」させているかの違いにある。
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地方の中小企業にとって、これは何を意味するか
瀬戸内エリアの中小企業、特に飲食・宿泊・体験型サービスを提供する事業者にとって、この状況は「チャンスだが、待っているだけでは取れないチャンス」だ。
具体的に何ができるか。
1. 「泊まる理由」をつくる
尾道には古民家を改装した宿泊施設が増えているが、まだ絶対数が少ない。しまなみ海道のサイクリストは本来、尾道に泊まりたい層だ。だが宿が足りない、もしくは見つけにくい。Airbnbやbooking.comでの露出を増やすだけでも変わる。1泊1万円の宿が10室あれば、年間売上は3650万円。これを5軒つくれば1.8億円。70万人の通過客を1%でも宿泊に転換できれば、インパクトは大きい。
2. 「体験」で客単価を上げる
ラーメン800円で終わらせない。尾道なら造船所見学、島の漁師体験、レモン農家での収穫体験。広島市なら、お好み焼き作り体験は既にあるが、酒蔵見学、牡蠣の養殖場ツアーなど、1人5000〜1万円の体験コンテンツをつくれば客単価は跳ね上がる。こうした体験型コンテンツは、中小企業が大手旅行会社より機動的につくれる領域だ。
3. SNSの「入口」を「出口」に変える
SNSで来た客は、SNSで発信する。ならば、その発信が「次の宿泊客」を連れてくる仕掛けをつくる。例えば、宿泊者限定の「夜の尾道ガイドツアー」を提供し、その体験をSNSに投稿してもらう。日帰りでは見られない夜景や、地元の居酒屋での体験が拡散されれば、「次は泊まろう」という動機が生まれる。
4. 多言語対応は「翻訳」ではなく「導線設計」
外国人70万人が来ているのに、Google Mapsの口コミが日本語しかない店が大半だ。メニューの英語化、キャッシュレス対応、Googleビジネスプロフィールの多言語化。これらは今やAIツールを使えば数万円、場合によっては無料でできる。かつて翻訳会社に50万円払っていた作業が、ChatGPTで1時間で終わる時代だ。やらない理由がない。
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「映える街」から「稼げる街」へ
尾道の70万人、広島市の1476万人。数字としては文句なしだ。瀬戸内エリアの認知度は確実に上がっている。
だが、認知度と収益は別物だ。
SNSが集客コストをゼロに近づけた今、勝負は「来た客にいくら使ってもらうか」に移っている。そしてこれは、自治体の大規模施策よりも、現場の中小企業が1つずつ仕掛けをつくる方が早い。
宿を1軒つくる。体験メニューを1つつくる。Googleの口コミを英語で1件増やす。
そういう地味な積み重ねが、「映えるけど通過される街」を「映えて、泊まって、また来たくなる街」に変える。
70万人が来ている今が、まさにその転換点だ。この波を「客数の自慢」で終わらせるか、「客単価の設計」に変えるか。瀬戸内の観光は、今ここが分岐点にある。
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