株式会社TradeSupport

2026.07.03

広電モビリーデイズ×プレミアム商品券半数未達——「届かないDX」の正体は、技術の問題じゃない

10億円かけて、届かない。それ、設計ミスと呼ばずに何と呼ぶ?

広島で「DX」と名のつく施策が立て続けにつまずいている。

広島電鉄の新決済システム「モビリーデイズ」は、ICOCA対応を掲げながら定期券が使えず、利用者の不満が噴出。広島市が10億円規模の予算を投じたプレミアム商品券のデジタル版は、申請が市民の半数にすら届いていない。

どちらも「デジタルで便利になります」と言って始まった施策だ。なのに、使う側が置き去りにされている。これは技術の問題ではない。「誰のために作ったのか」が曖昧なまま走った結果だ。

広電モビリーデイズ——「対応しました」で終わる落とし穴

広島電鉄が2023年に導入した「モビリーデイズ」は、交通系ICカードICOCAでの決済に対応した新システムだ。表面上は「ICOCA対応」だが、実態はそう単純ではない。

最大の問題は、従来のPASPY定期券がそのまま移行できなかったこと。PASPYは2025年3月末でサービス終了が決まっており、広電はモビリーデイズへの移行を進めているが、定期券利用者にとっては「ICOCAに変えたのに定期が使えない期間がある」「移行手続きが分かりにくい」という混乱が生まれた。

毎日電車やバスに乗る通勤・通学者にとって、定期券は生活インフラそのものだ。そこが不安定になれば、不満は当然出る。広島電鉄側も「利用者の声をもっと反映させるべきだった」と認めているが、反省のコメントが出る時点で、設計段階のユーザー巻き込みが足りなかったことは明白だ。

ここで考えたいのは、広電だけの問題ではないということ。地方の交通事業者は全国的に経営が厳しい。広電も例外ではなく、PASPY運営コストの負担が重く、全国相互利用可能なICOCAへの移行自体は合理的な判断だった。問題は「移行の設計」にある。技術的にできることと、利用者が受け入れられるスピードは違う。そのギャップを埋める設計が抜けていた。

中小の交通事業者がシステム刷新するとき、大手のように潤沢な予算でテストを繰り返す余裕はない。だからこそ、「一気に変える」のではなく「段階的に慣れてもらう」設計が必要だった。これは広電に限らず、地方企業がDXに取り組むときの普遍的な教訓だ。

プレミアム商品券——10億円の予算、届いたのは半分

広島市が発行したプレミアム商品券のデジタル版。予算規模は10億円クラス。市民の消費喚起と地域経済活性化を狙った施策だが、申請率は市民の約半数にとどまった。

半数、という数字をどう見るか。「半分も来た」と見るか、「半分しか来なかった」と見るか。10億円の税金を投じた施策で、届けたい相手の半分にしかリーチできていないなら、それは費用対効果として厳しいと言わざるを得ない。

原因は複合的だが、大きいのは申請手続きのハードルだ。デジタル版の商品券を使うには、スマホアプリのインストール、本人確認、決済手段の登録といったステップが必要になる。デジタルに慣れた層にとっては数分の作業でも、高齢者やスマホ操作に不慣れな層にとっては「面倒」を超えて「無理」に近い。

ここに地方都市特有の構造がある。広島市の高齢化率は約27%。市民の4人に1人以上が65歳以上だ。「デジタルで申請してください」という設計は、最初からこの層を切り捨てていることにならないか。

紙の商品券も併存させているとはいえ、デジタル版に予算の重心を置いた時点で、届かない層が生まれることは予測できたはずだ。問題は「デジタルか紙か」ではない。「届けたい相手に届く手段を選んでいるか」という設計思想の問題だ。

仮にデジタル版の申請率を80%に上げたいなら、何が必要だったか。たとえば、公民館や商店街での対面サポート窓口の設置、申請ステップの大幅な簡略化、あるいはマイナンバーカードとの連携による自動申請——手段はいくつもあったはずだ。10億円のうち、こうした「届ける仕組み」にいくら使ったのか。そこが問われるべきだ。

成功事例はある——乳幼児健診デジタル化が示すもの

一方で、広島市のDX施策がすべて失敗しているわけではない。

広島市が導入した乳幼児健診のデジタルサービスは、子育て世代から高い支持を得ている。健診の予約、結果の確認、次回の案内がスマホで完結する仕組みだ。

なぜこれは機能したのか。理由は明快で、ターゲットが明確だったからだ。

子育て世代は日常的にスマホを使い、LINEやアプリでの情報取得に慣れている。さらに、乳幼児健診は「行かなければならないもの」であり、デジタル化による時短メリットが利用者にとって直接的だった。「便利になった」と実感できるから使う。シンプルな構造だ。

ここから引き出せる教訓は、「DXはターゲットのデジタルリテラシーと、課題の切実さが一致したときに機能する」ということだ。逆に言えば、ターゲットが曖昧で、課題の切実さが薄い施策にデジタルを被せても、使われない。

行政DXの成否を分ける3つの問い

これらの事例を並べて見えてくるのは、成否を分けるのは技術力でも予算規模でもなく、設計段階での3つの問いに答えられているかどうかだ。

1. 「誰の、どの困りごとを解決するのか」が具体的か

「市民の利便性向上」では曖昧すぎる。「毎朝7時台に広電で通勤する30代会社員の定期券更新の手間」まで解像度を上げて初めて、設計が噛み合う。プレミアム商品券も「消費喚起」という大きな目的の前に、「70代の商店街利用者が、いつもの店で使える」レベルまで落とし込めていたか。

2. 「使う人のスキル」を正直に見積もっているか

行政のDX担当者は、自分自身がデジタルに比較的慣れている。だから「このくらいの操作はできるだろう」と見積もりがちだ。しかし、市民の平均的なデジタルスキルは、担当者の想像よりかなり低い。アプリのインストールすら壁になる層が一定数いることを、設計に織り込む必要がある。

3. 「届ける仕組み」に予算を割いているか

システム開発費に予算の大半を使い、周知・サポート・対面支援に回す予算が残っていない——地方行政DXでよく見る構造だ。10億円のシステムを作っても、届ける仕組みに1000万円しか使わなければ、届かないのは当然だ。開発費と普及費の比率を見れば、その施策が本気で届けようとしているかが分かる。

地方の中小企業にとって、この話は他人事か?

行政の話だと思って読み飛ばすのはもったいない。この構造は、中小企業のDXでもまったく同じだからだ。

「業務効率化のためにシステムを入れたのに、現場が使ってくれない」——この悩みを持つ中小企業の経営者は多い。原因はたいてい同じで、現場の困りごとから出発していないか、使う人のスキルを見誤っているか、導入後のサポートに手を抜いているかだ。

300万円かけて導入した業務システムが、結局Excelに戻る。こんな話は地方の中小企業では珍しくない。逆に、5万円のツールでも現場の声を聞いて選べば定着する。コストの大小ではなく、設計の解像度が成否を分ける。

「届かないDX」を終わらせるために

広島市の事例は、地方都市のDXが直面する構造的な課題を映し出している。技術は揃っている。予算もついている。それでも届かないのは、「届ける設計」が足りないからだ。

モビリーデイズもプレミアム商品券も、施策の方向性自体は間違っていない。ICOCAへの移行も、デジタル商品券による消費喚起も、やるべきことだ。問題は「やり方」にある。

行政であれ企業であれ、DXの本質は「デジタル技術を入れること」ではない。「届けたい相手に届く仕組みを、デジタルを使って作ること」だ。主語は技術ではなく、届ける相手だ。

広島市には、乳幼児健診デジタル化という成功事例がすでにある。うまくいった理由を分析し、他の施策に横展開する仕組みを作れるかどうか。それが、広島のDXが「届くDX」に変わるかどうかの分岐点になる。

10億円の予算は、届いてこそ意味がある。