株式会社TradeSupport

2026.06.25

プレミアム商品券が半数未達、特殊詐欺26億円、県庁食堂920万円未払い——「届かない行政サービス」が生む見えないコスト

届けるのにもコストがかかる。届かなければ、もっとかかる。

広島市のプレミアム付商品券、申込者が対象の半数以下。広島県内の特殊詐欺被害額、26億8500万円で過去最悪ペース。県庁食堂の運営業者、920万円が未払い。

一見バラバラに見えるこの3つのニュース、共通点がある。「届くはずのものが届いていない」ということだ。

制度は作った。予算も組んだ。啓発もした。でも届いていない。届かなかった結果、誰かが損をしている。問題は「設計ミス」ではない。届けるラストワンマイルのコスト構造にある。

そしてこの構造は、行政だけの話ではない。地方の中小企業が日々直面している「良い商品なのに売れない」「チラシを撒いたのに来ない」と、根っこは同じだ。

プレミアム付商品券——対象20万人、申込9万人。11万人はどこへ消えた?

広島市のプレミアム付商品券は、地域経済の活性化を目的に設計された施策だ。対象は約20万人。しかし実際の申込者は約9万人。半分以上が申し込んでいない。

市議会では「周知の強化」が求められているが、ここで立ち止まって考えたい。

仮にこの商品券が1人あたり5,000円のプレミアム(上乗せ分)だとする。11万人が申し込まなかったということは、5億5000万円分の経済刺激策が宙に浮いた計算になる。予算を確保し、制度を設計し、印刷し、窓口を用意した。そのコストは使われようが使われまいが発生している。

では、なぜ届かないのか。

第一に、情報到達の問題。商品券の存在を知らない人がいる。広報紙を読まない、市のウェブサイトを見ない、SNSもやらない。特に高齢者世帯や単身世帯は情報の空白地帯になりやすい。

第二に、申込の摩擦コスト。知っていても「面倒くさい」が勝つ。申込書を書く、窓口に行く、期限を確認する。一つひとつは小さな手間だが、5,000円のために動くかどうかは人による。

第三に、そもそも必要とされていない可能性。対象者全員が困っているわけではない。「あれば嬉しいが、わざわざ動くほどではない」という層が一定数いる。

ここに中小企業にとっての教訓がある。「良いものを用意した」と「届いた」の間には巨大なコストが存在する。チラシを1万枚撒いても反応率が0.3%なら、30人にしか届いていない。残りの9,970枚分のコストは消えている。届けるコストを甘く見ると、作るコストが全部無駄になる。

特殊詐欺26億8500万円——「届かなかった警告」の代償

広島県内の特殊詐欺被害額が26億8500万円に達した。過去最悪のペースだ。

この数字の重みを考えてほしい。広島市のプレミアム付商品券の予算総額と比較してみればいい。市民を守るための啓発が届かなかった結果、詐欺グループに26億円が流れた。

特にSNS型の投資詐欺が急増している。従来の「オレオレ詐欺」は高齢者がターゲットだったが、SNS型は30代〜50代にも広がっている。「投資で儲かる」という情報が、警察の注意喚起よりも先に届いてしまう。

ここにコスト構造の逆転がある。

詐欺グループの「届けるコスト」は劇的に下がっている。SNSの広告費は数千円から出稿できる。AIで作った偽の実績画像、偽の口コミ、偽のLINEグループ。詐欺側の顧客獲得コストが限りなくゼロに近づいているのに対し、警察・自治体の啓発は従来型のポスター、チラシ、講演会のまま。

26億円の被害を防ぐために、啓発にいくら使われているか。おそらく数千万円規模だろう。費用対効果の議論をしたいのではない。「届ける手段」のアップデートが追いついていないという構造の問題だ。

詐欺グループはターゲティング広告を使い、一人ひとりの関心に合わせたメッセージを送っている。一方、啓発は「皆さん気をつけましょう」という一律のメッセージ。どちらが届くかは明白だ。

中小企業の経営者にとって、これは他人事ではない。自社の商品・サービスの情報発信が、競合や詐欺的なサービスの情報発信に「届ける力」で負けていないか?という問いだ。良い商品を持っていても、届け方で負ければ顧客は流れる。

県庁食堂920万円未払い——「利用されない」が生む連鎖コスト

県庁食堂の運営業者が920万円の未払いに直面している。利用者の減少が直接の原因だ。

この問題の本質は「食堂の味が悪い」とか「メニューが少ない」という話ではない。利用者が減った → 売上が落ちた → 食材費や人件費が払えない → 未払いが発生したという、需要減少がコスト構造を破壊する典型的なパターンだ。

県庁食堂の想定利用者は県庁職員だ。しかし、テレワークの普及、コンビニ弁当の充実、ウーバーイーツ等のデリバリーサービスの浸透。食堂が設計された時代と、今の「昼食市場」は完全に変わっている。

920万円という数字は運営業者にとっては死活問題だが、県にとっても無視できない。未払いが続けば業者は撤退する。撤退すれば食堂は閉鎖。次の業者を見つけるのにまたコストがかかる。あるいは見つからない。

ここで問いたいのは、「県庁食堂は誰のために、何のためにあるのか」という根本的な問いだ。

職員の福利厚生なのか。であれば、利用者が減った時点で別の福利厚生に切り替える判断があってもいい。地域の飲食店への経済効果を考えるなら、むしろ食堂を閉じて職員が外で食べる方が地域経済には貢献する。

「あるから続ける」ではなく、「何のためにあるか」から逆算する。これは中小企業の経営でも同じだ。売れなくなった商品を惰性で作り続けていないか。利用されなくなったサービスを維持するコストが、新しい挑戦の原資を食い潰していないか。

3つの事例が示す共通構造——「届ける力」の再設計

まとめよう。

事例 設計の意図 届かなかった結果 見えないコスト
プレミアム商品券 経済活性化 11万人が未申込 推定5.5億円分の経済刺激が未発動
特殊詐欺 市民の資産保護 警告が届かず 26億8500万円の被害
県庁食堂 職員の福利厚生 利用者減少 920万円の未払い+撤退リスク

3つに共通するのは、「作る・設計する」のコストは払ったが、「届ける・使われる」のコストを過小評価したということだ。

そしてこれは、地方の中小企業が最も陥りやすい罠でもある。

良い商品を作った。ホームページも作った。チラシも撒いた。でも売れない。なぜか。「届ける」の解像度が低いからだ。誰に、いつ、どんな文脈で、どんな言葉で届けるか。ここを設計しないまま「周知の強化」と言っても、プレミアム商品券と同じ結果になる。

で、どうすればいいのか

具体的に3つ提案する。

1. 「届いたか」を測る指標を持つ

発信回数ではなく、到達数と行動数を追う。チラシを1万枚撒いたではなく、何人が来店したか。ホームページのPVではなく、問い合わせが何件来たか。行政も企業も、「やった」ではなく「届いた」を指標にすべきだ。

2. 届ける手段をアップデートする

詐欺グループがSNS広告でターゲティングしているのに、啓発がポスターでは勝てない。中小企業も同じで、今はLINE公式アカウント、Googleビジネスプロフィール、ショート動画など、低コストで「届ける」手段がある。月額数千円で始められるものも多い。300万円かけてチラシを撒く時代は終わった。

3. 「使われない」を早く認める

県庁食堂の教訓は、使われなくなったものを維持し続けるコストの怖さだ。中小企業でも、売れない商品、使われないサービスを「もったいない」で続けていないか。撤退の判断が遅れるほど、未払いや赤字という形でコストが膨らむ。

広島という地方都市で、行政も企業も「届ける力」の壁にぶつかっている。予算の大小ではない。届け方の設計力の問題だ。

AIやデジタルツールで「届けるコスト」は劇的に下がっている。かつて100万円かかった顧客分析が、今は月額1万円のツールでできる時代だ。大企業だけの武器ではない。むしろ小回りの利く中小企業こそ、この変化の恩恵を受けられる。

問題は、変化に気づいて動くかどうか。プレミアム商品券の11万人のように、「知らなかった」で機会を逃すのは、行政の施策だけの話ではない。