結論から言う。広島の中小企業は「市場が小さいこと」を武器にしている
W杯の試合で鳴るレフェリーの笛が、広島の町工場で作られている。台湾最大級のけん玉イベントに、廿日市のけん玉ブランドが初出展した。広島の飲料メーカーが作ったチューハイが、英国の品評会で部門最高賞を獲った。
バラバラに見えるこの3つのニュースには、共通する構造がある。
「国内市場が小さすぎるから、最初から世界のニッチを獲りに行った」という構造だ。
大企業のように巨大な国内市場でシェアを取ってから海外へ——という順番ではない。国内に十分な市場がないからこそ、初手から海外に出る。これは弱みではなく、中小企業だからこそ取れる戦い方だ。
3つの事例を分解して、その構造を見てみたい。
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事例1:W杯レフェリーの笛——野田鶴声社の「世界シェア」という回答
広島県に本社を置く野田鶴声社は、競技用ホイッスルの専門メーカーだ。2022年カタールW杯をはじめ、FIFAの主要大会で同社の笛が採用されてきた。
考えてみてほしい。「レフェリー用の笛」という市場は、国内でどれだけの規模があるか。Jリーグの審判員数は約20万人(サッカー協会登録ベース)。笛の買い替えサイクルを3〜5年とすれば、年間の国内需要はせいぜい数万個。単価は1,000〜3,000円程度。年商にして数千万円がいいところだ。
この規模では、開発投資を回収できない。音の到達距離、周波数特性、耐久性——競技用ホイッスルに求められる技術水準は高い。金型開発だけで数百万円、音響テストや素材研究を含めれば1製品あたりの開発コストは500万〜1,000万円に達する。
国内だけを見ていたら、この投資は「割に合わない」。
だが、世界に目を向ければ話は変わる。FIFAの登録競技人口は約2億7,000万人。各国のサッカー協会、審判団、学校の部活動まで含めれば、年間の笛の需要は数十万個規模になる。しかも「FIFA公認」の看板がつけば、単価も上がる。
野田鶴声社がやったのは、国内市場の小ささを嘆くのではなく、世界の競技団体に直接アプローチして「公式採用」を獲りに行くという戦略だ。品質で勝負し、国際基準をクリアし、FIFAという最高峰の「お墨付き」を得た。
ここで重要なのは、大手スポーツメーカーがこの市場を本気で獲りに来ないということだ。笛の市場規模は、彼らにとっては小さすぎる。だからこそ、中小企業が世界シェアを獲れる。
市場が小さいことは、大手が参入しないことと同義だ。 これがニッチの本質である。
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事例2:けん玉「MUGEN MUSOU」——廿日市から台湾へ、文化ごと輸出する
広島県廿日市市は「けん玉発祥の地」として知られる。だが正直に言えば、国内のけん玉市場は厳しい。競技人口は推定数万人。けん玉本体の単価は2,000〜5,000円程度で、年間の市場規模は数億円に届くかどうか。少子化の影響もあり、国内だけで成長を描くのは難しい。
そこで注目すべきが、けん玉ブランド「MUGEN MUSOU」の動きだ。2024年、台湾最大級のけん玉イベント「Taiwan Kendama Open」に初出展した。
なぜ台湾か。実は、けん玉は今アジアを中心にストリートカルチャーとして急速に広がっている。台湾、韓国、フィリピン、マレーシア——スケートボードやヨーヨーと同じ文脈で、若者が技を競い合うカルチャーが生まれている。YouTubeやInstagramでの「kendama trick」の動画再生数は累計で数億回に達する。
つまり、日本の「伝統玩具」としてのけん玉は縮小しているが、世界の「ストリートスポーツ」としてのけん玉は拡大している。同じモノなのに、文脈が変わると市場が変わる。
海外イベントへの出展費用は、渡航費・ブース設営・サンプル品を含めて100〜200万円程度と見られる。中小企業にとっては小さくない金額だが、国内で同規模の広告を打つよりも、はるかに「刺さる」可能性がある。なぜなら、イベント参加者はすでにけん玉に熱狂している人たちだからだ。広告のターゲティング精度としては最高レベルと言える。
廿日市のけん玉メーカーにとっての問いはこうだ。「発祥の地」というブランドを、国内の懐古趣味に使うのか、世界のストリートカルチャーに接続するのか。 答えは明らかだろう。
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事例3:チューハイで英国最高賞——「日本の果実×低アルコール」という空白地帯
広島の飲料メーカーが、英国の権威ある酒類品評会「インターナショナル・ワイン・アンド・スピリッツ・コンペティション(IWSC)」でチューハイ部門の最高賞を受賞した。
チューハイは日本独自の飲料カテゴリーだ。海外では「RTD(Ready to Drink)」と呼ばれる缶カクテル市場に分類される。このRTD市場が今、世界的に急拡大している。調査会社IWSRによれば、世界のRTD市場は2023年時点で約400億ドル(約6兆円)規模。年間成長率は5〜8%で推移している。
背景にあるのは、若年層を中心とした「低アルコール志向」と「手軽さ」へのニーズだ。ビールは重い、ワインは面倒、ハードリカーは強すぎる——その隙間にRTDが入り込んでいる。
広島のメーカーが勝てた理由は、日本の果実加工技術と、チューハイという「低アルコール×フルーツ」のフォーマットが、世界のRTDトレンドにぴたりとハマったからだ。
製造原価は1本あたり50〜80円程度。海外での販売価格は300〜500円(2〜3ポンド)。粗利率は40〜60%と見込まれる。国内の大手メーカーが価格競争で消耗しているチューハイ市場とは、まったく異なる利益構造だ。
しかも、英国の品評会での受賞は、そのまま欧州市場への参入切符になる。バイヤーは受賞リストを見て仕入れを決める。つまり、品評会への出品費用(数十万円)が、数千万円規模の営業コストに相当する効果を生む。中小企業にとって、これほどレバレッジの効く投資はない。
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3つの事例に共通する「逆転の構造」
ここまで見てきた3社の共通点を整理する。
1. 国内市場が小さいからこそ、大手が来ない
笛、けん玉、チューハイの海外展開——いずれも国内大手にとっては「わざわざやる規模」ではない。だから中小企業が先に動ける。ニッチであることが参入障壁になっている。
2. 「日本品質」が、海外ではプレミアムになる
国内では当たり前の品質管理や素材へのこだわりが、海外市場ではそのまま差別化要因になる。笛の音響精度、けん玉の木材加工精度、チューハイの果汁品質。いずれも「日本製」であること自体が価値を持つ市場で戦っている。
3. 初期投資が小さく、失敗しても致命傷にならない
海外展示会への出展は100〜300万円。品評会への出品は数十万円。大企業の海外進出のように数億円の投資が必要なわけではない。「まず出てみて、反応を見て、次を考える」ができる規模感だ。
4. 「公式採用」「受賞」という第三者のお墨付きが営業を代替する
FIFA公認、IWSC最高賞、海外イベントでの実績——これらは営業マンを何十人も雇うより効果がある。中小企業には営業リソースがない。だからこそ、「権威ある第三者の評価」を獲りに行く戦略が合理的だ。
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で、結局どうすればいいのか
広島に限らず、地方の中小企業が考えるべきことはシンプルだ。
「国内市場が小さい」は、嘆く理由ではなく、海外に出る理由だ。
具体的なアクションとしては3つある。
① 自社製品が「世界のどのニッチ」にハマるかを調べる。 Google Trendsで海外の検索ボリュームを見る。YouTubeで自社の製品カテゴリがどう消費されているかを観察する。これはコストゼロでできる。
② 海外の品評会・展示会に「まず1回」出てみる。 費用は50〜300万円。国内で同額の広告を打つより、はるかに濃いフィードバックが返ってくる。JETROの補助金を使えば、自己負担はさらに下がる。
③ 「公式採用」「受賞」を意図的に獲りに行く。 品質に自信があるなら、それを証明する場に出るべきだ。受賞歴は、営業コストを劇的に下げる最強の武器になる。
広島の笛が世界のスタジアムで鳴り、廿日市のけん玉が台湾の若者を熱狂させ、広島のチューハイが英国で最高賞を獲る。
これは偶然ではない。「小さいからこそ世界を獲れる」という構造が、ここにある。
次に世界で名前が呼ばれる広島の中小企業は、どこだろうか。
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