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2026.06.13

防衛費5兆円時代の岩国に「獺祭新蔵」「アパホテル」が重なった——巨額投資の隣で人手が足りない構造問題

投資は来る。人は来ない。

岩国市に今、カネが集中している。

防衛費が年間約10兆円規模へ倍増する流れの中で、岩国基地を擁するこの街には防衛産業の裾野が広がり始めた。旭酒造は「獺祭」の新蔵を岩国市周東町に建設中で、投資額は約100億円規模とされる。アパホテルは岩国駅前に進出済み。巨額の投資が重なり、雇用の受け皿は急速に膨らんでいる。

ところが、その「隣」で起きていることはこうだ。

地域の就労支援法人が賃金不払いの疑いで書類送検された。高校生向けの就職フェアでは、企業側がブースを並べても学生が集まらない。投資が来ているのに、人が来ない。いや、正確に言えば「人が足りない構造」が、投資によってさらに悪化している。

この矛盾を、数字で読み解く。

防衛産業の裾野拡大——1,000人超の雇用創出、だが誰が働くのか

2023年度の防衛費は約6.8兆円。2027年度には約10兆円に届く計画だ。この「倍増」のインパクトは、東京の大手防衛企業だけでなく、地方の製造業にも波及する。

広島県は艦艇建造の一大拠点だ。呉市のジャパンマリンユナイテッド(JMU)は護衛艦や潜水艦の建造を担い、その部品・素材を供給するサプライチェーンが県内に広がっている。岩国市周辺でも、ミサイル発射筒や艦艇部品を手がける中小企業が防衛関連の受注を拡大しており、今後数年で1,000人以上の新規雇用が生まれるとの試算がある。

問題は「誰がその1,000人になるのか」だ。

広島県の有効求人倍率は2023年平均で約1.54倍。全国平均の約1.31倍を大きく上回る。特に製造業の技術職は倍率が2倍を超える職種もあり、「求人を出しても応募がゼロ」という企業は珍しくない。岩国市の人口は約12.5万人(2024年時点)で、2000年の約15万人から2割以上減少している。労働力の母数そのものが縮んでいる。

防衛産業は「安定した仕事」のイメージがある。だが現場の実態は、溶接や機械加工など高度な技能を要する作業が多い。未経験者がすぐに戦力になるわけではなく、育成には数年かかる。大手が採用を強化すれば、中小企業から人が引き抜かれる。防衛費の増額は地域経済にとって追い風だが、人材の奪い合いという「向かい風」も同時に吹いている。

獺祭の新蔵——100億円投資の裏にある「製造業の人材争奪」

旭酒造が岩国市周東町に建設中の新蔵は、同社にとって過去最大級の投資だ。報道によれば投資額は約100億円規模。2025年の稼働を目指しており、年間生産能力を大幅に拡大する計画とされる。

獺祭は「酒蔵の常識」を壊してきた企業だ。杜氏制度を廃止し、データ管理による品質の均一化を実現した。海外売上比率は約15%に達し、ニューヨークにも拠点を構える。新蔵の建設は、さらなる海外展開と高価格帯商品の強化を見据えた戦略的投資だ。

だが、酒造りにも人は要る。

旭酒造の従業員数は約300人(2023年時点)。新蔵の稼働で数十人規模の追加採用が見込まれる。製造ラインの自動化は進んでいるが、品質管理や出荷管理、さらには併設が想定される観光施設の運営には人手が必要だ。

ここで注目すべきは、獺祭の新蔵が求める人材と、防衛産業が求める人材が「製造業」というカテゴリで重なることだ。溶接工と酒造りでは技能は異なるが、「製造現場で真面目に働ける人」という母集団は同じだ。人口12.5万人の街で、防衛産業と獺祭が同時に製造人材を求める。パイの奪い合いは避けられない。

アパホテル進出——宿泊需要は伸びるが、清掃員がいない

アパホテルが岩国駅前に進出したのは、需要の裏付けがあるからだ。

岩国基地には米海兵隊の航空部隊が駐留しており、基地関係者の往来は多い。さらに、岩国錦帯橋空港の就航路線拡大により、ビジネス客・観光客ともに増加傾向にある。2023年の岩国錦帯橋空港の利用者数は約60万人。コロナ前の水準に回復しつつある。

錦帯橋は年間約200万人の観光客が訪れる岩国最大の観光資源だ。ここに獺祭の新蔵が加われば、「錦帯橋+獺祭」という観光動線が成立する。宿泊需要はさらに伸びるだろう。アパホテルの進出は、その先読みだ。

だが、ホテル業界の人手不足は製造業以上に深刻だ。

宿泊業の有効求人倍率は全国平均で約3倍。つまり、3件の求人に対して応募者が1人しかいない。清掃、フロント、調理——いずれも「人がいないと回らない」業務だ。特に清掃業務は時給が低く、体力的にもきつい。都市部ですら人が集まらないのに、地方都市で確保できるのか。

アパホテルのようなチェーンは、オペレーションの効率化やセルフチェックインの導入で省人化を進めている。だが、ゼロにはできない。結局、地域の限られた労働力を宿泊業も奪い合うことになる。

賃金不払いと就職フェア——「足元」が崩れている

投資の話ばかりしていると見えなくなるが、足元では深刻な問題が起きている。

岩国市内の就労支援法人が、障害者に対する賃金不払いの疑いで書類送検された。就労継続支援事業所(いわゆるA型・B型事業所)は、障害のある方が働く場を提供する福祉サービスだ。ここで賃金が払われないということは、地域の労働市場における「最も弱い部分」が壊れていることを意味する。

この問題は、単なる一法人の不祥事ではない。構造的な問題だ。就労支援事業所の多くは、行政からの給付金と、利用者が行う軽作業の売上で運営されている。だが、作業単価は低く、運営は常に綱渡りだ。人手不足で一般企業の賃金が上がれば、就労支援事業所のスタッフも流出する。結果、運営が立ち行かなくなり、利用者への賃金が滞る——という悪循環が生まれる。

一方、高校生向けの就職フェアでは、地元企業が懸命にアピールしている。だが、岩国市の高校生にとって、広島市や福岡市といった都市部の求人は魅力的に映る。初任給で月2〜3万円の差があれば、若者は外に出る。当然だ。

広島県の高卒初任給は平均約17.5万円(2023年)。東京都は約19.5万円。この2万円の差は、家賃差を考慮すれば実質的にはもっと小さいが、「都会で働きたい」という心理的なハードルを超えるには至らない。地元に残る理由を「給与」以外で作れるかどうかが問われている。

構造を整理する——「投資」と「人」のミスマッチ

ここまでの話を整理しよう。

岩国市では今、3つの大きな投資が同時進行している。

  1. 防衛産業の裾野拡大 → 製造業の技術人材が必要
  2. 獺祭の新蔵建設(約100億円) → 製造・品質管理・観光人材が必要
  3. アパホテル等の宿泊施設進出 → 接客・清掃人材が必要

そして、これらが同時に人を求めている街の人口は12.5万人で、減少中だ。

これは岩国だけの問題ではない。地方都市が「投資を呼び込めば地域が活性化する」という前提そのものが揺らいでいる。投資は来た。仕事も生まれた。でも、人がいない。

かつては「仕事がないから人が出ていく」が地方衰退の定番ストーリーだった。今は違う。「仕事はあるのに人が来ない」。問題のフェーズが変わっている。

で、どうすればいいのか

正直に言えば、銀の弾丸はない。だが、中小企業の立場で考えると、いくつかの現実的な打ち手はある。

1. 省人化への投資を「コスト」ではなく「生存戦略」と捉える

人が採れないなら、少ない人数で回す仕組みを作るしかない。製造業ならロボットやAIによる検品自動化。宿泊業ならセルフチェックインや清掃ロボット。かつて数百万円した産業用ロボットが、今は中古で50万円台から手に入る時代だ。「人を雇う」前に「人がいなくても回る工程」を洗い出すべきだ。

2. 賃金を上げる覚悟を持つ

月17.5万円で高校生を引き留めるのは無理がある。防衛産業の元請けが単価を上げるなら、下請けの中小企業も賃上げの原資を確保できるはずだ。獺祭は高価格帯の商品で利益率を確保し、業界水準以上の給与を実現している。「安く作って安く売る」モデルでは人は集まらない。

3. 「投資の隣」にいることを武器にする

防衛産業の大手が来れば、メンテナンスや部品供給で中小企業にもチャンスが生まれる。獺祭の新蔵ができれば、周辺の飲食・宿泊・交通に需要が波及する。重要なのは、大きな投資に「ぶら下がる」のではなく、自社の強みを掛け合わせて独自のポジションを取ることだ。

4. 外国人材・副業人材の活用を本気で考える

岩国基地がある街だ。多文化への耐性は他の地方都市より高い。技能実習制度から育成就労制度への移行が進む中、外国人材の受け入れ体制を早期に整えた企業が勝つ。また、リモートワークの普及で「広島市在住・岩国の企業に週2出社」という働き方も現実的になっている。

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岩国市は今、「投資が集中する地方都市」という稀有なポジションにいる。防衛費の増額という国策の追い風、獺祭というブランドの集客力、交通インフラの整備。条件は揃っている。

だが、条件が揃っているのに人が足りない。この矛盾をどう解くか。

投資を呼び込むことがゴールではない。投資が生んだ仕事を、誰が、いくらで、どんな環境で担うのか。その設計ができなければ、巨額投資は「箱だけ立派で中身が回らない」状態を生むだけだ。

岩国で起きていることは、5年後の地方都市の縮図だ。人口12.5万人の街が出す答えを、他の地方都市も注視している。