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2026.06.12

シラス200kgで赤字、かっぱえびせんは白黒——瀬戸内の食卓を「中東リスク」が直撃する経路

200kgのシラスが、赤字になる

広島湾でシラス漁が解禁された。初漁の水揚げは200kg。

普通に聞けば「まずまずの出だし」に思えるかもしれない。だが、漁師の表情は暗い。重油価格が前年同期比で約30%上昇しているからだ。

シラスの船曳網漁は、燃料を大量に食う。漁場までの往復、網を曳く動力、帰港後の冷蔵——すべてに重油が要る。ある漁業関係者はこう語る。

> 「200kg揚げても、燃料代を引いたら手元に残らん。下手したら赤字。出んほうがマシという日もある」

仮に浜値がキロ800円として、200kgで売上は16万円。一方、1回の出漁にかかる燃料費は、重油高騰前で3〜4万円だったものが今や5〜6万円に跳ね上がっている。ここに人件費、氷代、漁具の消耗を乗せれば、利益はほぼ消える。漁獲量が例年の半分程度にとどまるという見通しもあり、「出漁するほど赤字が膨らむ」という異常事態が現実味を帯びている。

これは広島だけの話ではない。瀬戸内海全域で、小型漁船を使う沿岸漁業者が同じ構造に苦しんでいる。

問題の根っこは「中東」にある

なぜ重油がここまで上がったのか。直接的な原因は中東情勢の不安定化だ。

原油の国際価格は中東の地政学リスクに敏感に反応する。紛争の長期化、供給ルートの不安定化が重なり、原油先物価格は高止まりが続く。日本はエネルギーの約9割を輸入に頼り、そのうち中東依存度は約95%(石油の場合)。つまり、中東で何かが起きれば、日本の燃料価格はほぼ直撃を受ける。

そしてこの影響は、燃料だけにとどまらない。原油から精製されるナフサが、食品業界や農業にまで波及している。ここが今回の記事の核心だ。

原油→重油→漁業コスト増、という経路はわかりやすい。だが、原油→ナフサ→プラスチック・フィルム・肥料原料→食品パッケージ・農業資材のコスト増、という経路は見えにくい。瀬戸内の食卓は、この「見えにくい経路」で静かに追い詰められている。

かっぱえびせんが「白黒」になった理由

象徴的な事例がある。カルビーの「かっぱえびせん」だ。

あの赤と白のカラフルなパッケージが、白黒印刷に変更された。理由は、パッケージフィルムの原料であるナフサの価格高騰と供給不安だ。カラー印刷に使うインキもナフサ由来の石油化学製品であり、コストが急騰している。

カルビーは広島県に本社登記を置く企業だ(実質的な本社機能は東京だが)。瀬戸内に縁の深いメーカーが、パッケージを白黒にしてまでコストを吸収しようとしている。これは「苦肉の策」という言葉では足りない。企業が「見た目」を犠牲にしてでも価格転嫁を抑えようとしているということだ。

だが、それでも限界はある。パッケージだけでなく、えびせんの原料である海老の調達コスト、工場の電力コスト、物流コスト——すべてが原油価格と連動して上がっている。最終的に消費者価格に転嫁されるのは時間の問題だろう。

ここで考えてほしい。かっぱえびせん1袋の値上げは、消費者にとって数十円の話だ。だが、シラス漁師にとっての燃料費高騰は、生業が続けられるかどうかの話だ。 同じ「中東リスク」が、企業と個人事業主では、まったく違う重さで降りかかる。

農業も同じ構造に巻き込まれている

漁業と食品メーカーだけではない。広島県内の農家も、同じ構造の中にいる。

肥料の主原料である尿素やリン酸アンモニウムは、天然ガスやナフサから製造される。中東情勢の影響でこれらの国際価格が高騰し、国内の肥料価格は前年比で1.3〜1.5倍に跳ね上がっている。

ある広島県内の葉物野菜農家はこう言う。

> 「肥料だけじゃない。マルチフィルム、育苗ポット、ハウスの被覆材——全部石油由来。資材費が1.5倍になったら、利益なんか出んよ」

農業用ハウスの暖房に使う重油も当然高騰している。冬場のハウス栽培は、暖房コストが経営を左右する。重油が30%上がれば、ハウストマトやイチゴの生産コストは一気に跳ね上がる。

結果、何が起きるか。「作っても儲からないから、作付けを減らす」という判断が増える。作付面積が減れば供給が減り、野菜の価格は上がる。消費者の食卓に跳ね返る。

「中東リスク」は瀬戸内の構造問題を可視化した

整理しよう。中東情勢の不安定化は、以下の経路で瀬戸内の食卓を直撃している。

  1. 原油高→重油高→漁業の出漁コスト増→水揚げしても赤字→漁獲量減少→鮮魚価格上昇
  2. 原油高→ナフサ高→食品パッケージ・インキのコスト増→食品メーカーの利益圧迫→値上げ or 品質調整
  3. 原油高→肥料・農業資材高→農家の生産コスト増→作付面積縮小→野菜価格上昇

この3つの経路が同時に動いている。そして、もっとも打撃を受けるのは、価格転嫁力の弱い小規模事業者だ。

カルビーはパッケージを白黒にしてでも耐えられる。体力がある。だが、広島湾のシラス漁師は? 県内の小規模農家は? 彼らには「パッケージを変える」ような緩衝材がない。コストが上がれば、そのまま生活を直撃する。

これは中東リスクが「新しい問題」を作ったのではない。もともとあった構造的な脆弱性——エネルギー輸入依存、価格転嫁力の弱さ、小規模事業者の体力不足——を一気に可視化したのだ。

で、どうすればいいのか

正直に言えば、中東情勢を広島からどうにかすることはできない。だが、「中東リスクに振り回されにくい体質」を作ることはできる。

漁業について。 燃料費が経営を左右するなら、燃料費に依存しない収益構造を考えるしかない。たとえば、漁獲物の直販・加工による付加価値化だ。浜値キロ800円のシラスが、釜揚げにして直販すれば3,000〜4,000円になる。燃料費が上がっても、売上単価が上がれば耐えられる。実際に、愛媛や徳島の一部漁協では、漁師自身がECサイトで直販する動きが出ている。

農業について。 肥料コストを下げるなら、堆肥や緑肥への切り替えが現実的な選択肢になる。化学肥料100%依存から脱却するだけで、中東リスクへの感応度は下がる。広島県内でも、畜産堆肥を活用した循環型農業に取り組む農家は増えつつある。短期的にはコスト増でも、中長期では安定する。

食品メーカーについて。 パッケージの簡素化は、実はコスト削減だけでなく「環境配慮」として消費者に受け入れられる可能性がある。白黒パッケージを「苦肉の策」ではなく「新しいブランド戦略」に転換できるかどうか。ここにマーケティングの腕が問われる。

そして、これらすべてに共通するのは「情報とテクノロジーの活用」だ。燃料消費の最適化、需要予測による出漁判断、直販のためのEC構築、肥料設計の最適化——いずれもAIやデータ活用で改善できる領域だ。大企業のような大規模投資は不要。月額数万円のツールと、使いこなす意志があればいい。

瀬戸内の食卓は、誰が守るのか

中東で起きていることと、広島湾のシラス漁師の赤字は、一本の線でつながっている。かっぱえびせんの白黒パッケージも、農家の肥料代高騰も、同じ線の上にある。

この線を断ち切ることはできない。だが、線の途中に「緩衝材」を入れることはできる。付加価値化、直販、資材の内製化、テクノロジー活用——どれも派手な話ではない。だが、こういう地味な積み重ねだけが、外部リスクに振り回されない体質を作る。

瀬戸内の食卓を守るのは、政治でも補助金でもない。現場の一次産業者と中小企業が、自分たちの構造を変える覚悟を持てるかどうかだ。

200kgのシラスが赤字になる現実を、「仕方ない」で終わらせていいのか。その問いが、この記事の出発点であり、着地点でもある。