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2026.06.11

クマがトンネルを走り、倒木が島を孤立させ、助産院が命を受け止める——「一本道」が止まったとき、地方で何が起きるか

クマがトンネルを走り、倒木が島を孤立させ、助産院が命を受け止める——「一本道」が止まったとき、地方で何が起きるか

広島県内でほぼ同時期に3つの出来事が起きた。

一見バラバラに見えるこの3つには、共通する構造がある。地方の暮らしは「細い一本道」の上に成り立っているということだ。その一本道が止まったとき、都市部では想像もつかないコストが、一気に住民にのしかかる。

トンネルにクマ——「通れない」が意味するもの

広島市安佐北区のトンネル内で、クマの足跡が数十メートルにわたって確認された。住民の通報で警察が出動し、周辺に注意喚起が出されている。

これを「珍事」で片付けてはいけない。

安佐北区の中山間エリアでは、トンネルや峠道が集落と市街地をつなぐ唯一のルートになっている場所がある。そこにクマが出れば、通勤・通学・買い物・通院——日常のすべてが止まる。

環境省のデータによれば、広島県内のクマ目撃件数はここ10年で増加傾向にある。2023年度は全国でクマによる人身被害が過去最多の219件を記録した。背景にあるのは、山林の管理放棄と人間の生活圏の縮小だ。人が減り、里山の緩衝地帯が消え、クマと人の距離が縮まっている。

問題は「クマをどう駆除するか」ではない。人口が減り続ける中山間地で、一本しかない生活動線がいつ止まってもおかしくない状態になっていることだ。クマは、その脆さを可視化した存在にすぎない。

江田島、倒木で国道全面通行止め——離島の「一本道リスク」を金額にすると

江田島市の国道487号で倒木が発生し、全面通行止めが続いている。約140戸が停電した。

江田島市の人口は約2万1,000人(2024年時点)。本土とは早瀬大橋・切串港フェリーなどでつながるが、島内の幹線道路は限られる。国道487号が止まれば、島の南北移動が事実上遮断される。

この「止まる」が何を意味するか、具体的に試算してみる。

① 停電コスト
約140戸が停電。仮に平均世帯で冷蔵庫内の食材が3,000〜5,000円分ダメになるとすると、それだけで42万〜70万円。飲食店や小売店が含まれれば、損失は一桁上がる。

② 物流の遮断
島内のスーパーやコンビニへの配送が止まれば、棚が空になるまで早い。離島のコンビニは在庫が薄い。1日の遅延で、島内の小売全体の売上損失は数十万円規模になる。

③ 医療アクセスの断絶
江田島市内の医療機関は限られる。島内に救急対応できる病院は実質1〜2カ所。国道が止まれば、患者の搬送ルートが消える。ドクターヘリの出動1回あたりのコストは約50〜70万円。陸路が使えない時間が長引けば、ヘリ出動の回数が増える。

④ 通勤・通学の迂回コスト
代替路があったとしても、迂回に30分余計にかかるとする。島内で通勤・通学している人が仮に1,000人いれば、1日あたり500時間の労働力が消える。時給1,000円で換算すれば、50万円/日の「見えないコスト」だ。

これらを合算すると、倒木1本で1日あたり数百万円規模の経済損失が発生する計算になる。復旧に3日かかれば1,000万円を超えてもおかしくない。

そしてこれは、江田島だけの話ではない。瀬戸内の島々、中山間地の集落、広島県内だけでも同じ構造を持つ地域は無数にある。

神石高原町で初出産——「ここで産める」ことの本当の価値

神石高原町で助産院が開院し、町民の出産が実現した。町内での出産は、おそらく長い間なかったはずだ。

この町の人口は約8,000人。最寄りの分娩可能な医療機関まで、車で40分〜1時間かかる。冬場の凍結、豪雨時の通行止め、そしてクマの出没——「一本道」が止まるリスクを抱えながら、妊婦は毎回その道を往復していた。

妊婦健診は出産までに14回前後。片道1時間の移動なら、往復2時間×14回=28時間。ガソリン代、高速代を含めれば、健診だけで5〜10万円の交通コストがかかる。さらに、陣痛が始まってからの1時間は、文字通り命の時間だ。その1時間を道路事情に左右される恐怖は、数字では測れない。

助産院が町内にできたことで、この「一本道リスク」が一つ減った。だが同時に考えるべきことがある。この助産院の経営は持続できるのか。

人口8,000人の町で、年間の出生数はおそらく数十人、下手をすれば一桁だ。助産院の運営コストを出生数で割れば、1件あたりのコストは相当に高くなる。行政の補助なしには成り立たない可能性が高い。

だが、ここで問うべきは「コストに見合うか」ではない。「この町で子どもを産めるかどうか」が、その町に若い世代が残るかどうかを決めるということだ。出産施設がない町に、20代・30代は住まない。助産院1軒の存在が、町の人口動態を左右する。そう考えれば、年間数百万円の補助は「投資」だ。

共通する構造——「冗長性ゼロ」のインフラ

3つのニュースに共通するのは、冗長性(リダンダンシー)がゼロに近いという構造だ。

都市部なら、1本の道が止まっても迂回路がある。1つの病院が満床でも、隣の病院がある。停電しても、数時間で復旧する体制がある。

地方にはそれがない。道は1本。病院は1つ。電線も1系統。その「1」が止まったとき、住民の生活は一瞬で詰む。

そしてこの構造は、人口減少によって加速している。人が減れば、道路の維持管理予算が減る。病院が閉じる。バス路線が廃止される。冗長性はますます削られ、「一本道」はさらに細くなる。

で、どうすればいいのか

正直に言えば、すべての一本道を二本にする予算はない。広島県の道路維持管理費だけでも年間数百億円規模だが、それでも追いつかないのが現実だ。

だからこそ、発想を変える必要がある。

① 「止まる前提」で設計する
道が止まることを前提に、物資の備蓄、医療のオンライン対応、ドローン配送の実装を進める。江田島のような離島こそ、ドローン物流の実証実験に最適な場所だ。実際、国内では離島・中山間地でのドローン配送の実証が進んでおり、1回あたりの配送コストは数百円〜数千円まで下がりつつある。

② 「一本道の監視」にテクノロジーを使う
クマの出没予測、倒木リスクの早期検知にAIやIoTセンサーを活用する。すでに一部自治体では、AIによる獣害予測システムの導入が始まっている。センサー1台数万円、クラウド解析の月額数千円。中小企業でも手が届くコスト感になってきた。

③ 「一本道の価値」を可視化する
道路が止まったときの経済損失を具体的に試算し、維持管理の優先順位を決める。「この道が1日止まると、地域に○○万円の損失が出る」という数字があれば、予算の議論が変わる。感情論ではなく、数字で語る。

④ 小さな拠点をつくる
神石高原町の助産院のように、「そこにあること」自体が地域の存続条件になるサービスを、小さくても維持する仕組みをつくる。フルスペックの病院は無理でも、オンライン診療+助産院+ドクターヘリの組み合わせなら、コストを抑えながら命を守れる。

問いかけ

クマがトンネルを走ったニュースを、「怖いね」で終わらせるのか。倒木の通行止めを、「復旧してよかった」で忘れるのか。助産院の開院を、「いい話だね」で消費するのか。

3つのニュースが突きつけているのは、同じ問いだ。

「この一本道が止まったとき、あなたの町は持つのか。」

広島県内だけでも、この問いに答えられない地域は山ほどある。瀬戸内の島々、中山間地の集落、過疎が進む町。どこも同じ構造を抱えている。

インフラの「冗長性」は、平時にはコストに見える。だが有事には、それが命の値段になる。

まずは、自分の町の「一本道」がどこにあるか、知ることから始めたい。