株式会社TradeSupport

2026.05.27

背番号121の男と竹林を切り拓く高校生——「育成枠」で勝つのは、大企業じゃなく中小企業だ

ユニホームすら間に合わない男が、3試合連続マルチ安打を打った

広島東洋カープの名原典彦。背番号121。

育成選手から支配下登録を勝ち取り、1軍に上がったとき、ユニホームの準備すら間に合わなかった。それでも彼は、1軍デビューから3戦連続マルチ安打を叩き出した。

この事実が示しているのは、「感動的なストーリー」なんかじゃない。「どこで見つけるか」より「見つけた後にどう使うか」で、人材の価値は激変するという構造の話だ。

そしてこの構造は、プロ野球より中小企業のほうが、はるかに活かしやすい。

育成枠とは何か——「安く仕入れて、高く育てる」仕組み

プロ野球の育成枠を、企業経営の言葉に翻訳する。

ドラフト上位指名の選手は、契約金1億円、年俸1,500万円が相場だ。一方、育成枠の選手は契約金300万円、年俸240万円(最低保証額)。コストは文字通り桁が違う。

名原選手は、この「育成枠」からの叩き上げだ。ドラフト上位の即戦力ではない。しかし結果は3戦連続マルチ安打。打席に立てば、ドラフト1位も育成枠も関係ない。ボールは出自を見ない。

ここで考えるべきは、「名原選手がすごい」で終わらせないことだ。

カープという球団は、12球団で最も資金力が乏しい市民球団として知られる。大型補強に頼れないからこそ、育成に力を入れてきた。前田智徳、黒田博樹、鈴木誠也——カープの歴史は「育成で勝つ」歴史でもある。

金がないから育成に賭ける。育成に賭けるから、見る目が鍛えられる。見る目が鍛えられるから、他が見逃す人材を拾える。

この循環、どこかで聞いた話じゃないか。中小企業そのものだ。

岩国の高校生が証明した「小さな舞台」の破壊力

名原選手の話と並行して、もうひとつ注目したい動きがある。

山口県岩国市。岩国工業高校の生徒たちが、放置された竹林を観光資源に変えるプロジェクトに取り組んでいる。

日本の竹林問題は深刻だ。全国の竹林面積は約16万ヘクタール。管理放棄された竹林は周辺の森林を侵食し、土砂災害リスクを高める。自治体が業者に委託して伐採すれば、1ヘクタールあたり50万〜100万円のコストがかかる。岩国市だけでも、荒廃竹林は相当な面積に上る。

高校生たちがやっているのは、この「コストでしかなかった竹林」を「収益を生む観光資源」に反転させる試みだ。電動自転車を使った竹林周遊コースの設計、整備した竹林の景観活用、周辺観光地との回遊ルートの提案。

予算は潤沢じゃない。大手コンサルが入っているわけでもない。高校生が、自分たちの手と足と頭で動いている。

ここで重要なのは、「小さな舞台だからこそ、一人ひとりの動きが全体を変える」という事実だ。

12球団の1軍ベンチで、名原選手は「育成上がりの新人」かもしれない。だが打席に立てば、チームの勝敗を左右する。岩国の高校生は「地方の工業高校の生徒」かもしれない。だが彼らの企画が実現すれば、地域の観光動線が変わる。

大企業の新人が全社戦略を動かすことは、まずない。だが中小企業なら、入社1年目の社員のアイデアが、翌月の売上を変えることがある。舞台が小さいほど、一人の影響力は大きくなる。これは中小企業の「弱み」ではなく「構造的な強み」だ。

中小企業が「育成枠戦略」で勝つための3つの条件

名原選手とカープの関係、岩国の高校生と竹林プロジェクトの関係。この2つの事例から、中小企業が「育成枠人材」で成果を出すための条件を3つ抽出する。

1. 打席を与えるスピード

名原選手が支配下登録からわずかな期間で1軍の打席に立ったこと。これが最大のポイントだ。

大企業は「まず研修、次にOJT、3年目から本格配属」という段階を踏む。中小企業にその余裕はない。だからこそ、入社直後から「打席」を与えられる。これは弱みじゃない。育成スピードで大企業に圧勝できる唯一の武器だ。

実際、中小企業庁の調査では、従業員30人以下の企業で「入社1年以内に重要業務を任された」と回答した社員は約65%。300人以上の企業では約28%。打席数が倍以上違う。

2. 「見る目」を組織として持つ

カープのスカウト網は、資金力で劣る分、見る目で勝負してきた。名原選手を育成枠で指名し、支配下に引き上げるタイミングを見極めた判断は、組織としての「目利き力」の結果だ。

中小企業に置き換えれば、「学歴や職歴のスペックではなく、実際に何ができるかを見る」ということ。AIツールの普及で、この目利きの方法も変わりつつある。たとえば、採用時に実務に近い課題を出し、AIを使ってもいいからとにかく成果物を出してもらう。そうすれば、スペックでは測れない「課題解決力」が可視化される。

採用コストも考えてみてほしい。大手求人媒体に掲載すれば1回30万〜100万円。だがSNSでの直接採用やリファラル採用なら、コストはほぼゼロに近い。中小企業が「育成枠人材」を見つけるチャネルは、実はどんどん安くなっている。

3. 「這い上がれる構造」を設計する

名原選手にとっての「支配下登録→1軍昇格」という明確なステップがあったからこそ、育成期間のモチベーションが維持できた。

中小企業でも同じだ。「頑張れば報われる」という精神論ではなく、「この成果を出せば、このポジションに就ける」という具体的な階段を見せること。給与テーブルの透明化、スキルマップの整備、小さくても明確な昇格基準。これらは大企業のような人事制度の「縮小版」ではなく、中小企業だからこそシンプルに設計できるものだ。

「即戦力が採れない」は、問いの立て方が間違っている

地方の中小企業の経営者と話すと、必ず出てくるのが「いい人材が採れない」という嘆きだ。

だが、その「いい人材」とは何か。大企業が欲しがるような、有名大学出身で、即戦力で、転職市場で引く手あまたの人材のことか。そんな人材を、年収400万円で地方の中小企業が採れるわけがない。

問いを変えるべきだ。

「即戦力が採れない」ではなく、「育成枠で採った人材を、最速で戦力にするにはどうするか」。

名原選手の契約金は300万円だ。ドラフト1位の1億円と比べれば30分の1。だが3戦連続マルチ安打の価値は、ドラフト順位では測れない。

中小企業の採用も同じだ。未経験者を月給20万円で採用し、AIツールを活用した業務設計で3ヶ月後に戦力化する。外注すれば月50万円かかる業務を、社内の「育成枠人材」が月20万円で回せるようになれば、年間360万円のコスト削減だ。採用コストを含めても、投資回収は半年以内に終わる。

瀬戸内から考える「育成枠経済圏」

広島のカープ、岩国の高校生。どちらも瀬戸内エリアの話だ。

このエリアには、造船、繊維、食品加工など、中小製造業が集積している。どの業界も人手不足は深刻で、2024年の広島県の有効求人倍率は1.3倍前後。特に製造業の現場人材は慢性的に足りない。

だが、視点を変えれば、このエリアには「育成枠人材」の供給源がある。地元の工業高校、専門学校、そして近年増えている地方移住希望者。彼らは「即戦力」ではないかもしれない。だが、打席を与え、育てる仕組みがあれば、戦力になる。

岩国工業高校の生徒たちが竹林プロジェクトで見せているのは、まさにその可能性だ。彼らは卒業後、地元企業に就職するかもしれない。そのとき、「高校時代にゼロからプロジェクトを回した経験」を持つ人材は、どれだけの価値があるか。

で、結局どうすればいいのか

3つだけ言う。

1. 「即戦力採用」への執着を捨てろ。 採れないものを追いかけるのは、戦力の浪費だ。育成枠で採って、最速で育てる仕組みを作れ。

2. 打席を与えるスピードを上げろ。 研修に3ヶ月かけるな。1週間で現場に出せ。失敗してもいい環境を作れ。中小企業の最大の武器は、意思決定の速さだ。

3. AIを「育成コスト削減」の道具として使え。 マニュアル作成、業務の標準化、OJTの補助。これまで先輩社員が100時間かけて教えていたことを、AIが10時間に圧縮できる時代だ。育成コストが10分の1になれば、「育成枠採用」のROIは劇的に改善する。

名原典彦の背番号121は、「まだ正規の番号すらもらえていない」という意味だ。だが彼は、その番号のまま結果を出した。

中小企業に必要なのは、背番号1の選手を引き抜くことじゃない。背番号121の人材に打席を与え、結果を出させる仕組みだ。

それができるのは、大企業じゃない。中小企業だ。