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2026.05.21

呉―松山に新造船、江田島は値上げ限界——瀬戸内「海の足」が二極化する構造的理由

同じ瀬戸内の海で、片方は新造船、片方は「もう持たない」

瀬戸内海の航路で、正反対のニュースが同時に出ている。

呉―松山航路には新造高速船「アイヴィント」が就航。一方、江田島―広島の生活航路では運賃値上げと「会社が持たない」という悲鳴。尾道では電動タグボートの導入計画が進む。

3つのニュースを並べると、瀬戸内の「海の足」のコスト構造が完全に二極化していることが見える。

問いはシンプルだ。「誰が乗るか」「誰が払うか」で、同じ海の上の乗り物の命運がまるで違う。 これは瀬戸内だけの話ではない。地方の公共交通すべてに通じる構造問題だ。

呉―松山「アイヴィント」——観光航路は投資できる

2025年5月24日、瀬戸内海汽船の呉―松山航路に新造高速船「アイヴィント」が就航した。最大定員約500名、最高速度約40ノット(時速約74km)。呉―松山間を約1時間で結ぶ。

この航路のポイントは、客単価が高い観光・ビジネス需要を取り込めることだ。

広島・呉と松山は、それぞれ原爆ドーム・大和ミュージアム・道後温泉という全国区の観光資源を持つ。しまなみ海道との周遊ルートも組める。インバウンドの瀬戸内人気も追い風だ。

片道運賃はスーパージェットで約8,000円前後。仮に乗船率60%(約300名)で運航した場合、1便あたり約240万円の運賃収入になる。1日複数便を運航すれば、新造船への投資を回収できる見込みが立つ。

つまり、「乗る人がいて、払える人がいる」航路には、船会社は数十億円規模の新造船投資ができる。 これが観光航路の構造だ。

江田島の生活航路——値上げしても赤字、値上げしなくても赤字

同じ瀬戸内海で、まったく違う現実がある。

江田島・切串から広島市への生活航路。ここでは燃料費高騰と利用者減少のダブルパンチで、運営会社が限界を訴えている。

具体的な数字を見てほしい。

ここに「負のスパイラル」がある。

値上げ → 利用者減少 → 収入減 → さらに値上げ → さらに利用者減少。

バス路線の廃止と同じ構造だが、島嶼部の航路は代替手段がない。バスなら車で代用できる。だが船がなくなれば、島に住めなくなる。

江田島の航路が止まるということは、島そのものの存続に関わるということだ。

現状、こうした離島・生活航路は自治体の補助金で何とか維持されているケースが多い。だが自治体の財政も楽ではない。広島県と江田島市の一般会計から毎年数千万円〜億単位の補助が出ているとされるが、人口が減り続ける中でその原資も細っていく。

「誰が払うのか」という問いに、誰も答えられていない。

尾道の電動タグボート——コスト構造を変える技術は出てきた

3つ目のニュースは、尾道で2026年度末から運用予定の電動タグボートだ。

タグボートは大型船の入出港を支援する港湾の裏方だが、ここに注目すべき構造変化がある。

電動化のメリットは明確だ。

これは港湾業務の話だが、技術がコスト構造を根本から変えうるという実例として重要だ。

もし電動化技術が小型旅客船にも広がれば、生活航路の燃料費問題に一つの解が出る可能性がある。現時点ではバッテリー容量や充電インフラの制約があり、すぐに旅客船へ転用できるわけではない。だが方向性は見えている。

問題は、技術が実用化されるまで、生活航路が持つかどうかだ。

二極化の本質——「市場で回る交通」と「市場では回らない交通」

ここまで3つのニュースを並べてきた。整理するとこうなる。

呉―松山(観光航路) 江田島(生活航路) 尾道(電動タグ)
利用者 観光客・ビジネス客 島民(通勤・通学・通院) 港湾事業者
客単価 高い(数千円〜) 低い(補助込み) B2B
投資余力 あり(新造船投入) なし(値上げで延命) あり(技術実証)
コスト構造 収益で回る 補助金で回す 技術で下げる

観光航路は「市場」で回る。生活航路は「市場」では回らない。 これが二極化の本質だ。

そしてこの構造は、瀬戸内に限った話ではない。地方のバス、鉄道、タクシー、すべてに同じことが起きている。「乗る人が多くて払える人が乗る路線」は投資が集まり、「乗る人が少なくて払えない人が乗る路線」は衰退する。

で、どうするのか——中小企業と地域にとっての論点

きれいごとを言っても仕方ない。論点を3つに絞る。

1. 生活航路の維持コストを「見える化」する

江田島の航路維持に年間いくらかかっているのか。1人あたりの公的負担はいくらか。これを住民にも、広島市民にも、県民にも開示すべきだ。「なんとなく補助金で回している」状態では、議論すら始まらない。

2. 観光航路の収益を生活航路に回す仕組みを考える

呉―松山航路で稼いだ利益の一部を、同じ瀬戸内の生活航路維持に充てる——そういう「内部補助」の仕組みは検討に値する。かつて国鉄が幹線の黒字でローカル線を支えたのと同じ発想だ。もちろんそのまま適用はできないが、瀬戸内海汽船グループ全体でのポートフォリオ経営として議論する余地はある。

3. 電動化・小型化で「維持コストの底」を下げる

尾道の電動タグボートは港湾向けだが、この技術が小型旅客船に降りてくれば、生活航路の燃料費構造が変わる。EV船の実証実験を瀬戸内で先行的にやる価値はある。国交省の補助スキームも出てきている。広島県や地元造船業が連携すれば、「瀬戸内発のEV船」というストーリーも描ける。

いずれにせよ、「観光航路は民間に任せて、生活航路は行政が面倒を見る」という従来の二分法だけでは、もう持たない。

瀬戸内の海の足は、地方交通の縮図だ

新造船が華々しく就航する横で、生活航路が静かに限界を迎えている。同じ海の上で、同じ時期に起きていることだ。

地方の中小企業にとって、従業員の通勤手段がなくなることは採用の死活問題になる。島の事業者にとって、船が減便されれば物流コストが跳ね上がる。観光業者にとって、生活航路の衰退は「島に人が住んでいる」という観光資源そのものの喪失につながる。

海の足の問題は、交通の問題ではない。地域経済の問題だ。

瀬戸内の海がこの二極化にどう向き合うか。それは日本中の地方交通が直面する問いの、最前線だ。