結論から言う。観光客は増えた。でも地元は儲かっていない。
しまなみ海道のレンタサイクル利用台数が過去最多の17万台突破。宮島ツアーがトリップアドバイザーでアジア1位。広島空港の国際線旅客数も過去最多更新。
ニュースだけ見れば「広島の観光、絶好調」だ。
だが、ここで一つ問いたい。その観光客が落としたカネは、地元の中小企業の口座にいくら入ったのか?
答えを先に言う。驚くほど少ない。華やかな数字の裏にあるのは、「人は来るが儲からない」という構造的な問題だ。
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しまなみレンタサイクル17万台——地元に残るのは、たった2,000万円台
まず、しまなみ海道のレンタサイクルを見る。17万台のうち43%が訪日外国人。つまり約7万3,000台がインバウンド利用だ。
レンタサイクルの料金体系は、1日利用で大人1,100円(電動アシストは追加料金あり)。平均単価を1,200円と見積もっても、全17万台の総売上は約2億400万円。外国人分だけなら約8,760万円だ。
一見すると悪くない。だが、ここからが問題。
レンタサイクル事業は自治体の外郭団体が運営しており、自転車の購入・整備コスト、各ターミナルの人件費、乗り捨て回収のための輸送コストがかかる。業界一般のレンタサイクル事業の営業利益率は10〜15%程度。仮に15%で計算しても、17万台の利用で地元に残る利益は約3,060万円。外国人分だけなら約1,300万円だ。
しかも、この利益は運営団体に入るのであって、沿線の飲食店や宿泊施設に直接落ちるわけではない。
本当に問われるべきは「サイクリストは途中でいくら使ったか」だ。
しまなみ海道の全長は約70km。今治から尾道まで走り切ると6〜8時間かかる。途中で昼食を食べ、飲み物を買い、場合によっては宿泊する。この「途中消費」こそが地元中小企業の収益源になる。
ところが、現状はどうか。サイクリストの多くはコンビニで補給を済ませ、島の個人商店や食堂を素通りする。理由は単純で、営業しているかどうかが分からない、メニューが外国語に対応していない、キャッシュレス決済ができない——こうした「受け入れ側の準備不足」が、消費機会を潰している。
仮にサイクリスト1人あたりの途中消費額が現状2,000円だとする。17万人×2,000円で3億4,000万円。これが5,000円に上がれば8億5,000万円。差額の5億円以上が、沿線の中小事業者に入るかどうかの分岐点だ。
レンタサイクルの台数を誇るより、「1台あたりの沿線消費額をいくら上げるか」が本質的な問いだろう。
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宮島ツアー「アジア1位」——だが、ガイド報酬の大半は域外に流出する
宮島の現地ツアーがトリップアドバイザーの「旅行者のチョイス アワード」でアジア1位を獲得した。これ自体は素晴らしいニュースだ。
だが、ランキング上位のツアーの多くは、東京や大阪に本社を置くOTA(オンライン旅行会社)やインバウンド専門のツアー会社が企画・販売している。ガイド単価は1人あたり5,000〜12,000円。半日ツアーで1グループ(最大10名)3万〜5万円が相場だ。
この売上の流れを分解してみる。
- OTAの手数料: 販売価格の15〜25%(大手プラットフォームの場合)
- ツアー企画会社の取り分: 20〜30%
- 現地ガイドの報酬: 残りの45〜65%
仮にツアー単価が1人8,000円、年間参加者が2万人だとする。総売上は1億6,000万円。だが、OTA手数料で約3,200万円(20%)、企画会社の取り分で約4,000万円(25%)が域外に流出する。現地ガイドに残るのは約8,800万円(55%)。
さらに、ガイドの多くはフリーランスで、広島在住とは限らない。英語対応可能なガイドは関東・関西から出張で来るケースも少なくない。地元在住ガイドの割合が仮に6割だとすると、広島に落ちるガイド報酬は約5,280万円。
1億6,000万円の売上のうち、地元に残るのは約5,000万円。還元率は約33%だ。
これが「アジア1位」の実態だ。ランキングが上がるほどOTAの手数料収入が増え、地元の取り分は相対的に薄まる。
逆に言えば、地元のガイド事業者が自社で予約を取れる仕組みを持てば、この構造はひっくり返る。 自社サイトでの直接予約なら、OTA手数料の15〜25%がそのまま手元に残る。年間2万人規模なら、2,400万〜4,000万円の差が出る計算だ。多言語対応の予約サイトは、今やAIツールを使えば50万円以下で構築できる。300万円かけて旅行代理店に営業するより、はるかに費用対効果が高い。
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広島空港「過去最多」——だが、空港から先の導線が弱すぎる
広島空港の国際線旅客数が過去最多を更新した。韓国路線を中心に、台湾・東南アジア路線の増便が寄与している。
だが、空港の利用者数が増えたことと、地元経済が潤うことはイコールではない。問題は「空港から先」だ。
広島空港から広島市内までのアクセスは、リムジンバスで約50分・片道1,400円。JR白市駅まではバスで約15分だが、そこから広島駅まで在来線で約70分かかる。
つまり、空港周辺(三原市・東広島市エリア)に滞在する理由が、観光客にはほぼない。 空港は単なる「通過点」になっている。
空港周辺の宿泊施設の稼働率を見ても、広島市内のホテルが80%を超える繁忙期でも、三原・東広島エリアは50〜60%台にとどまるケースが多い。空港に降り立った観光客は、そのまま広島市内か宮島に直行する。
ここに中小企業にとってのチャンスがある。
例えば、空港から車で30分圏内には竹原の町並み保存地区、西条の酒蔵通りがある。これらを「空港着日の半日プラン」としてパッケージ化し、到着直後の観光客を捕まえる仕組みがあれば、素通りされていた消費を取り込める。
西条の酒蔵見学+試飲+地酒購入で1人あたり3,000〜5,000円の消費が見込める。年間の空港国際線利用者が仮に15万人、そのうち5%がこのプランを利用するだけで、7,500人×4,000円=3,000万円の新規消費が生まれる。現状はほぼゼロだ。
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構造を変えないと、観光客が増えるほど地元が疲弊する
ここまでの数字を整理する。
| 項目 | 総売上規模(推計) | 地元中小企業への還元額(推計) | 還元率 |
|---|---|---|---|
| しまなみレンタサイクル(運営収益) | 約2億円 | 約3,000万円 | 約15% |
| 宮島ツアー | 約1.6億円 | 約5,000万円 | 約33% |
| 空港周辺消費(現状) | ほぼ計測不能 | ほぼゼロ | — |
観光客数は過去最多。でも地元中小企業の利益は、数字の華やかさに比べて驚くほど小さい。
この構造の本質は3つある。
- 販売チャネルを域外のプラットフォームに握られている(OTA手数料の流出)
- 受け入れ側の準備不足で消費機会を逃している(多言語対応、キャッシュレス、営業時間)
- 観光導線が固定化し、周辺エリアに消費が分散しない(広島市内・宮島への一極集中)
どれも「観光客を増やす」では解決しない。「来た人からいくらもらうか」「そのカネがどこに落ちるか」という設計の問題だ。
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で、結局どうすればいいのか
地元の中小企業が今日からできることは、実はそれほど難しくない。
1. 自社の予約・販売チャネルを持つ
多言語対応の予約ページは、AIツールを使えば初期費用30〜50万円で作れる。OTAに20%抜かれ続けるコストと比較すれば、半年で回収できる投資だ。
2. 「途中消費」を設計する
しまなみ沿線なら、サイクリストが立ち寄りたくなる仕掛けをGoogleマップ上に作る。営業中の表示、写真付きメニュー、口コミへの返信。コストはほぼゼロ。やるかやらないかだけの話だ。
3. 空港着日プランを作る
到着直後の3時間は、観光客が最も「何をしようか」と迷っている時間帯。ここに刺さるプランを用意できれば、今まで素通りされていた消費を丸ごと取れる。
4. 単価を上げる体験を作る
1,000円のレンタサイクルを17万台回すより、5,000円の「島の暮らし体験付きサイクリングツアー」を1万人に売るほうが、利益率は圧倒的に高い。数を追うフェーズはもう終わった。
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「過去最多」の先にある問い
観光客数が過去最多を更新するたびに、自治体はプレスリリースを出し、メディアは「好調」と書く。
だが、その数字を見て「うちも儲かった」と言える地元の中小企業が何社あるか。
「何人来たか」ではなく「1人あたりいくら地元に落ちたか」。 この指標に切り替えない限り、観光客が増えるほどオーバーツーリズムのコストだけが地元に積み上がり、利益は域外に流出し続ける。
広島の観光は今、量から質への転換点にいる。問われているのは、来る人の数ではない。受け取る側の設計力だ。
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