結論から言う。広島の製造業は「好調」ではない。「二極化」している。
マツダの国内生産73万5119台。建設業の倒産50件超。エア・リキードの東広島新工場。この3つの数字を並べて「広島の製造業は明暗分かれる」と書けば、それっぽい記事にはなる。だが、本質はそこじゃない。
この3つの数字が示しているのは、広島経済の中に「断層」が走り始めているということだ。自動車と半導体に乗れている企業と、そこから外れた企業の間に、かつてないほどの温度差が生まれている。中小企業の経営者にとって、この断層のどちら側に立っているかで、来年の景色はまるで違う。
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マツダ73万5119台——「安心」ではなく「猶予」
マツダは2024年度の国内生産が73万5119台に達し、目標の70万台を上回った。新型CX-5の生産が本格化し、北米向けの受注が牽引した形だ。
広島のサプライヤーにとって、この数字は確かに明るい。マツダの国内生産70万台は、サプライチェーン維持の「生命線」とされてきた。70万台を割れば、部品メーカーへの発注が減り、ラインの稼働率が落ち、固定費が重くのしかかる。今回の73万台は、その生命線を3万台以上の余裕を持って超えた。
だが、ここで安心するのは早い。
2025年度の生産見通しは約73万5000台。横ばいだ。つまり成長ではなく「現状維持」。しかもこの数字には、米国の関税リスクが十分に織り込まれていない可能性がある。トランプ政権下で自動車関税が引き上げられれば、北米向けの採算が一気に悪化する。CX-5が北米依存度の高いモデルであることを考えれば、この73万台は「安心材料」ではなく「猶予期間」と読むべきだ。
サプライヤーにとっての問いはこうだ。この猶予の間に、マツダ依存度を下げる手を打てるか。
広島にはマツダの1次・2次サプライヤーが約300社あるとされる。売上の5割以上をマツダに依存している企業も少なくない。73万台が維持されている今こそ、半導体関連や医療機器など、別の柱を仕込む時間がある。73万台を割ってからでは遅い。
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建設業倒産50件超——「資材高騰」の裏にある構造問題
広島県内の建設業倒産が約10年ぶりに50件を超えた。直接の原因は、中東情勢の緊迫によるホルムズ海峡リスク、それに伴う建築資材の高騰だ。鉄鋼、セメント、住宅設備——あらゆるものが上がっている。現場からは「お風呂が届かない」「見積もりを出した翌週に資材価格が変わる」という声が上がる。
だが、資材高騰だけが原因なら、全国一律で倒産が増えるはずだ。広島で50件を超えた背景には、もっと根深い構造問題がある。
1つ目は、価格転嫁ができない体質。 建設業、特に下請けの中小企業は、元請けからの発注価格を交渉する力が弱い。資材が2割上がっても、請負価格に反映できるのは数%。この「転嫁できない構造」が、利益を食い潰している。
2つ目は、人手不足と高齢化。 広島県の建設業就業者の平均年齢は全国平均を上回る。若手が入らない→1人あたりの負荷が増える→さらに辞める、という悪循環が加速している。2024年4月から建設業にも時間外労働の上限規制が適用され、これまで残業で回していた現場が回らなくなった。いわゆる「2024年問題」の直撃だ。
3つ目は、公共工事の発注減。 広島県の公共工事は、2018年の西日本豪雨の復旧需要がピークアウトし、発注額が減少傾向にある。民間の住宅着工も金利上昇懸念で伸び悩む。つまり、コストは上がり、売上は減り、人もいない。三重苦だ。
倒産50件という数字は、氷山の一角に過ぎない。廃業や事業縮小を含めれば、実態はもっと深刻だろう。建設業の疲弊は、地域のインフラ維持にも直結する。道路、橋梁、上下水道——これらを直せる会社が減っていく。広島の中山間地域では、すでに「工事を頼める業者がいない」という事態が起き始めている。
この問題に対して、AIやデジタルツールでできることはある。積算の自動化、施工管理のクラウド化、ドローン測量——いずれも人手不足を補い、生産性を上げる手段だ。だが、そもそもデジタル化に投資する体力が残っていない企業が倒産している。ここに支援の手が届いていない。
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エア・リキード東広島新工場——半導体が広島に「第二の柱」を作るか
フランスの産業ガス大手エア・リキードが、2028年末に東広島で新工場を稼働させる。これはマイクロンメモリジャパンの広島工場増設に連動した動きだ。半導体製造には超高純度の窒素やアルゴンなどの産業ガスが大量に必要で、エア・リキードはその供給拠点を隣接地に置く。
このニュースの本質は、単なる1工場の進出ではないということだ。
マイクロンの広島工場は、日本政府から最大1920億円の補助金を受けてDRAMの先端製造拠点として増設が進んでいる。エア・リキードの進出は、その周辺にサプライチェーンが形成され始めている証拠だ。産業ガスの次は、化学薬品、精密洗浄、搬送装置——半導体エコシステムが東広島に根を張り始めている。
広島の中小企業にとって、これはマツダ以来の「第二の柱」が生まれるかどうかの分岐点だ。
ただし、半導体関連のサプライチェーンに入るハードルは高い。求められる品質基準、クリーンルーム対応、納期管理——自動車とはまったく異なる世界だ。「うちは金属加工ができます」だけでは門前払いされる。
では、中小企業はどうすればいいのか。
1つの現実的なアプローチは、半導体工場の「建設・保守」領域を狙うことだ。工場そのものの建設、空調・配管の施工、設備のメンテナンス——これらは地場の建設業・設備業の技術が活きる領域だ。先ほど触れた建設業の苦境と、半導体工場の建設需要。この2つを結びつけられれば、建設業にとっても新たな活路になり得る。
もう1つは、産業ガスや化学薬品の物流・保管。東広島は広島市中心部から約40km、広島空港からも近い。物流拠点としてのポテンシャルがある。中小の運送業や倉庫業にとって、半導体関連の物流は単価が高く、安定した需要が見込める。
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3つの数字が突きつける問い
改めて、3つの数字を並べる。
- マツダ国内生産:73万5119台(目標70万台超)
- 建設業倒産:50件超(10年ぶり)
- エア・リキード新工場:2028年末稼働(マイクロン連動)
この3つが同時に起きている広島は、「自動車+半導体」の企業は潤い、「それ以外」は沈むという二極化の入口に立っている。
中小企業の経営者に問いたい。あなたの会社は、この断層のどちら側にいるか。
マツダのサプライチェーンに入っている会社は、73万台が続く間に次の柱を仕込めるか。建設業の会社は、半導体工場の建設・保守需要を取りに行けるか。どちらにも属さない会社は、この地殻変動の中でどうポジションを取るか。
「今のままでいい」が最もリスクの高い選択肢だ。広島の製造業の体温は、平熱ではない。熱があるところと冷えているところが同時に存在する、まだら模様の微熱だ。
その微熱を放置すれば、断層はさらに広がる。動くなら、数字がまだマシな今しかない。
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