10億円の予算で、5億円が宙に浮いた
広島市が発行したプレミアム付商品券の電子版。申込数は目標の半分以下で、受付を6月末で打ち切った。約10億円の予算に対し、約5億円分が未申込のまま残った計算になる。
「届かなかった」のだ。市民に、現場に、中小企業に。
これは単なる広報の失敗ではない。広島市のDX施策が繰り返す「同じパターン」の象徴だ。デジタル人材の地元定着を目指したイベントも開催されているが、人材流出は止まらない。行政主導のDXはなぜ空回りするのか。そして中小企業は、行政を待たずに何ができるのか。
商品券が売れ残った「本当の理由」
まず事実を整理する。
広島市のプレミアム付商品券は、地域経済の活性化を目的に発行された。電子版はスマートフォンアプリ経由での申込が前提。結果、申込者数は目標の約50%にとどまった。行政の対応は「周知のためのはがき送付」。つまり、デジタル施策の失敗をアナログで補おうとしている。
なぜ半分しか届かなかったのか。よく言われるのは「高齢者がスマホに不慣れだから」という説明だ。もちろんそれもある。しかし、本質はそこではない。
問題は設計思想にある。
行政のデジタル施策は「作れば使われる」という前提で設計されることが多い。だが現実はそうならない。ユーザーの行動導線を考えず、アプリをダウンロードさせ、個人情報を入力させ、使える店舗を自分で探させる。この「面倒くさい」の積み重ねが、離脱を生む。
民間のサービスなら、ここにUXデザイナーが入り、離脱率を1%でも下げるために画面設計を何十回も修正する。行政にはそのプロセスがない。予算は組むが、ユーザー体験の設計にコストをかけない。10億円の予算のうち、UX設計に使われた金額はいくらだったのか。おそらく、ほとんどゼロに近いだろう。
さらに言えば、「プレミアム商品券」という施策そのものが、本当に地域経済の活性化に最適な手段なのかという問いもある。商品券は一時的な消費喚起にはなるが、リピーターを生む仕組みにはならない。5億円が宙に浮いたということは、その5億円で何ができたかを考えるべきだ。中小企業50社にEC構築支援を100万円ずつ出しても5000万円。残りの4億5000万円でデジタルマーケティングの伴走支援ができる。どちらが持続的な経済効果を生むか、答えは明白だろう。
デジタル人材が広島に残らない構造
広島市はデジタル人材の地元定着を目指し、学生と企業の交流イベントを開催している。学生がフランクに企業と話せる場を作り、地元就職を促す狙いだ。
取り組み自体は悪くない。だが、構造的な問題を直視しなければ、イベントをいくら開いても人材は流出し続ける。
数字で見てみよう。広島県内のIT企業の平均年収は、東京のIT企業と比較して100万〜150万円程度低いと言われる。新卒のエンジニアが東京で年収450万円のオファーを受け、広島では300万円台前半。この差を「地元愛」だけで埋めるのは無理がある。
しかも問題は給与だけではない。東京にはコミュニティがある。勉強会がある。転職先の選択肢がある。キャリアの「次の一手」が見える環境がある。広島でエンジニアとして働くと、社内で唯一のIT担当になり、相談相手もいない——という状況が珍しくない。
では、地方の中小企業は人材獲得で絶対に勝てないのか。そうとは限らない。
実は、リモートワークの普及で構造は変わり始めている。東京の企業に所属しながら広島に住む。あるいは、広島の企業がフルリモートで東京の人材を採用する。この「場所の制約が外れた」状態をうまく使えるかどうかが、地方の中小企業の勝負どころだ。
年収400万円でも、広島なら家賃は東京の半分以下。可処分所得で見れば逆転する。通勤ラッシュもない。瀬戸内の海が車で30分。こうした「生活コスト込みの報酬」を可視化して提示できる企業は、まだほとんどない。ここにチャンスがある。
行政DXの「失敗パターン」を言語化する
広島に限らず、地方行政のDXには共通する失敗パターンがある。整理するとこうなる。
パターン1:「デジタル化」が目的になる
紙をアプリに置き換えることがゴールになり、「誰の、どんな課題を解決するのか」が不在。プレミアム商品券の電子化はまさにこれだ。
パターン2:ユーザー不在の設計
使う側の行動を観察せず、発注仕様書だけでシステムを作る。結果、誰も使わないアプリができあがる。
パターン3:失敗を検証しない
半分売れ残っても「周知不足だった」で片付け、設計の問題に踏み込まない。次回も同じ構造で同じ失敗を繰り返す。
パターン4:外注丸投げ
システム開発を大手SIerに丸投げし、数千万〜数億円の開発費がかかる。地元の中小IT企業にノウハウは残らず、保守費用だけが積み上がる。
この4つのパターンが組み合わさると、「予算は使ったが成果が出ない」という結果になる。そして行政は「次の施策」に予算をつけ、同じことを繰り返す。
中小企業は行政を待つな——自力で動く3つの具体策
行政のDXに期待するなとは言わない。だが、待っていても現場は変わらない。中小企業が今日から動ける具体策を3つ提示する。
1. AIツールで「一人DX」を始める
2024年以降、生成AIの進化でDXのコストは劇的に下がった。ChatGPTやClaudeを使えば、議事録の自動作成、顧客対応メールの下書き、データ分析の補助が月額数千円でできる。かつて外注すれば30万円かかったホームページの文章作成が、AIなら実質ゼロ円。
重要なのは、専任のデジタル人材がいなくても始められるということだ。社長自身が、あるいは事務の担当者が、まず1つの業務でAIを使ってみる。それが「一人DX」の第一歩になる。
2. 中小企業同士で「デジタル共同組合」を作る
1社でECサイトを構築すれば初期費用50万〜100万円、運用費が月数万円かかる。だが、同じ商店街や産業クラスターの10社で共同のオンラインモールを作れば、1社あたりの負担は10分の1になる。
共同でSNS運用のノウハウを共有する、Googleビジネスプロフィールの最適化を一緒に学ぶ——こうした「小さな連携」が、個社では到達できない成果を生む。広島には商工会議所や中小企業支援センターがある。そこをハブにして、デジタル施策の共同購入・共同学習の仕組みを作ればいい。
3. 「採用」ではなく「関係人口」でデジタル人材を確保する
フルタイムのエンジニアを年収400万円で雇うのが難しいなら、副業人材を月5万〜10万円で活用する手がある。東京のエンジニアが副業で地方企業のDXを支援するマッチングサービスはすでに複数存在する。
月10万円×12ヶ月=年間120万円。フルタイム採用の3分の1以下のコストで、高度なスキルを持つ人材の知見を得られる。しかも、その人材が広島に興味を持ち、将来的に移住する可能性すらある。「採用」ではなく「関係づくり」から始めるほうが、中小企業には現実的だ。
問われているのは「誰のためのDXか」
10億円の予算を組んで、5億円が宙に浮く。デジタル人材の交流イベントを開いても、流出は止まらない。
この現実を前に、「広報が足りなかった」「もっと周知すれば」という反省で終わらせてはいけない。問うべきは、そのDXは誰のためにやっているのかということだ。
行政の実績づくりのためか。それとも、商店街の八百屋のおばちゃんが「これは便利だね」と使えるものか。地元の製造業の社長が「売上が上がった」と実感できるものか。
届かないDXは、届ける気がないDXだ。
中小企業は行政の施策を「待つ側」から「使い倒す側」に回るべきだし、行政は「作る側」から「届ける側」に変わるべきだ。
広島には、ものづくりの技術がある。瀬戸内の観光資源がある。そして、課題の最前線にいる中小企業がある。足りないのはテクノロジーではない。「届ける設計」だ。
5億円が宙に浮いた事実は、裏を返せば、5億円分の「届け方の改善余地」があるということでもある。その余地を、行政任せにせず、現場から埋めていく。それが広島のDXの次の一手になる。
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