結論から言う。「増収」だけでは今年の稲作は黒字にならない
広島県世羅町で、高温耐性の新品種「ZR1」の田植えが始まった。猛暑で白未熟粒が多発した昨年の反省から、農業法人を中心に導入が進んでいる。10aあたり収量は約600kgと、従来のコシヒカリ系品種(約500kg前後)から約2割増が見込まれる。
だが、ここで喜んでいる場合ではない。
重油価格は前年比約6割高。全国の米在庫率は40%と統計開始以来の最高水準。この2つの数字が同時に襲ってくる年に、「収量が増えるから大丈夫」は通用しない。増収分の売上よりもコスト増が上回れば、作れば作るほど赤字になる。
広島の稲作農家が今秋までに腹を決めるべき数字は3つ。①損益分岐の反収(kg)、②乾燥コストの上限(円)、③直販比率(%)だ。順に見ていく。
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数字①:損益分岐の反収——「600kgでも足りない」可能性
まず、10aあたりのコスト構造を整理する。
広島の中山間地域における稲作の生産コストは、農水省の経営統計をベースにすると、平年で10aあたり約12万〜13万円(種苗・肥料・農薬・機械償却・燃料・乾燥調製・人件費込み)。これが今年は重油高騰と肥料価格の高止まりで、15万〜18万円に跳ね上がると試算される。
一方、売上はどうか。JA卸の概算金は、2024年産で60kg(1俵)あたり約1万5,000〜1万6,000円前後だったが、在庫率40%の圧力で2025年産は1万3,000〜1万4,000円台に下がるとの見方が強い。仮に1万3,500円/俵とすると、10aあたり600kg(10俵)で売上は13万5,000円。コストが15万円なら1万5,000円の赤字。18万円なら4万5,000円の赤字だ。
従来品種の500kg(約8.3俵)なら売上は約11万2,000円。コスト13万円でも赤字。ZR1に切り替えて収量が2割増えても、コストが3〜5万円増えれば帳尻が合わない。
つまり、今年の損益分岐反収は「コストをいくらに抑えられるか」で決まる。コスト15万円÷俵単価1万3,500円=約11.1俵(667kg/10a)。ZR1の期待収量600kgではまだ67kg足りない。
この数字を自分の圃場のコストで計算し直すこと。これが最初にやるべきことだ。
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数字②:乾燥コストの上限——重油6割高の直撃ポイント
コスト構造の中で、今年最も変動が大きいのが乾燥調製にかかる重油代だ。
稲作における重油消費の大半は、収穫後の穀物乾燥機で発生する。広島の中山間地域では、共同乾燥施設(カントリーエレベーター)を使うケースと、自前の乾燥機を回すケースがある。A重油の価格は2024年秋時点で1Lあたり約90〜100円だったものが、2025年春には130〜150円台まで上昇している。
10aあたりの乾燥に必要な重油量は、収量600kgの場合で約20〜25L。単価が100円→150円に上がると、10aあたりで1,000〜1,250円の増加。これだけ見ると小さく感じるかもしれない。だが、5ha(50反)を経営する農家なら5万〜6万円増。10haなら10万〜12万円増。共同乾燥施設の利用料に転嫁されれば、施設利用農家全体に波及する。
さらに問題なのは、乾燥だけではなく、トラクター・田植え機・コンバインの燃料費、肥料の製造原価(天然ガス由来)、農薬の輸送費まで重油高が波及していることだ。積み上げると、5ha経営で年間30万〜50万円のコスト増になるケースも現実的だ。
ここで問いたい。あなたの経営で、乾燥コストの上限をいくらに設定しているか? 「去年と同じ」では今年は回らない。
具体的な対策としては、以下が現実的だ。
- 自然乾燥(はぜ干し)の部分導入:全量は無理でも、直販用の一部をはぜ干しにすれば重油ゼロ。手間はかかるが、「天日干し米」として1俵2万円以上の値付けも可能
- 乾燥機の共同利用・稼働率最適化:近隣農家と収穫日をずらし、乾燥機の稼働率を上げることで1kgあたりコストを下げる
- 籾貯蔵→低温乾燥への切り替え:ヒートポンプ式の低温乾燥機は電気代で動く。重油依存を減らせる。導入コストは200万〜400万円だが、5年で回収できるかを計算する価値はある
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数字③:直販比率——「卸に全量出す」はもう成り立たない
3つ目の数字が、全収量のうち何%を直販に回すかだ。
米の在庫率40%という数字の意味を考えてほしい。これは「市場に米が余っている」ということだ。卸業者は在庫を捌くために値を下げる。2024年の一時的な米不足で上がった価格は、2025年産では反動で下がる可能性が高い。
JA出荷の概算金に依存する経営は、この価格下落をそのまま食らう。1俵あたり1,000〜2,000円下がるだけで、5ha経営なら年間8万〜17万円の減収だ。重油高騰によるコスト増と合わせると、利益がほぼ消える。
一方、直販は違う。
広島県内の道の駅やネット通販で、産地直送の新品種米を5kg2,500〜3,000円で売れば、俵換算で2万5,000〜3万円。JA卸の1.5〜2倍の単価が取れる。ZR1は「高温耐性の新品種」という話題性があり、今年は特にメディア露出も多い。ストーリーが立てやすい。
では、直販比率を何%にすべきか。
現実的には、いきなり全量直販は無理だ。販路開拓、梱包、発送、顧客対応のコストと手間がかかる。だが、全量JA出荷の農家が、まず10〜20%を直販に回すだけで、経営の安定度は大きく変わる。
5ha経営で反収600kg、全量50俵換算で約500俵。このうち50〜100俵を直販に回し、俵単価を2万5,000円で売れれば、JA出荷との差額は1俵あたり約1万円。50俵で50万円、100俵で100万円の粗利増。重油高騰のコスト増30〜50万円を十分に吸収できる。
ここでAIの話をさせてほしい。直販比率を上げるときに最もネックになるのは「誰に売るか」と「受注・発送の手間」だ。今はECサイトの構築はノーコードツールで10万円以下、顧客対応はAIチャットボットで半自動化できる。SNSの投稿文もAIで下書きすれば、田植えの合間にスマホで発信できる。3年前なら外注で50万円かかった仕組みが、今は5万円と自分の時間だけで作れる。
中小の農家だからこそ、「顔が見える」「田んぼの様子をリアルタイムで発信できる」という強みがある。大手米卸には絶対にできないことだ。
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世羅町・中山間地域だからこそ考えるべきこと
広島の中山間地域は、平野部に比べて圃場が小さく、機械効率が悪い。コスト競争では秋田や新潟の大規模農家に勝てない。これは昔からわかっていたことだ。
だが、ZR1の登場と重油高騰が同時に来た今年は、「コスト競争から降りる」決断をする好機でもある。
世羅町はすでにワイナリーや花畑で年間100万人以上の観光客を集めている。この観光インフラと稲作を掛け合わせる余地は大きい。田植え体験、稲刈り体験、新米の定期便——観光×農業の導線を作れば、米は「農産物」ではなく「体験の延長にある商品」になる。体験の延長で買う米に、在庫率40%の卸価格は関係ない。
もう一つ。中山間地域の棚田や清流の水で育てた米には、都市部の消費者が「物語」を感じる。これは東京のスーパーに並ぶ米との差別化要因だ。ただし、「水がきれい」「自然が豊か」だけでは弱い。具体的に何が違うのか——水温、日較差、土壌のミネラル成分——を数字で語れるかが勝負になる。ここでもセンサーとデータの活用が効いてくる。
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まとめ:3つの数字を、自分の圃場で計算せよ
改めて整理する。
| 決めるべき数字 | 問い | 目安 |
|---|---|---|
| ①損益分岐の反収 | コスト○万円÷俵単価○円=何kg必要か? | ZR1の600kgで足りるか要検証 |
| ②乾燥コストの上限 | 重油150円/Lで年間いくら増えるか? 代替手段は? | 5ha経営で年30〜50万円増を想定 |
| ③直販比率 | 全収量の何%を直販に回すか? | まず10〜20%で年50〜100万円の粗利増 |
この3つを「なんとなく」ではなく、自分の圃場の面積・コスト・販路で具体的に計算すること。それが今秋までにやるべきことだ。
ZR1は良い品種だと思う。だが、品種が経営を救うわけではない。品種の特性を、自分の経営の数字に落とし込めるかどうか。そこが分かれ目になる。
重油は当面下がらない。米の在庫は当面減らない。この2つを前提にして、「それでも黒字にするには何をどう変えるか」を逆算する。答えは、東京の霞が関にも、JAの本部にもない。自分の田んぼの数字の中にしかない。
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