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2026.06.10

職業訓練校を潰して「人が足りない」と嘆く矛盾——広島・建設業の現場で起きていること

人を育てる場所を閉じて、人手不足を嘆く。この矛盾に気づいているか

広島県が県立職業訓練校3校の廃止方針を進めている。三次市、庄原市の市長らが要望書を出して抵抗しているが、流れは止まりそうにない。

一方で、広島労働局は建設業者に対して熱中症対策の強化を要請し、現場の安全管理コストは年々膨らんでいる。建設業の人手不足は全国で深刻化し、国交省の推計では2025年時点で約47万人が不足するとされている。

片方の手で「人を育てる場所」を閉じながら、もう片方の手で「現場の安全を守れ、人を確保しろ」と言う。この矛盾を、誰が引き受けるのか。答えは明白だ。地方の中小建設業者である。

訓練校が担ってきた「見えないインフラ」

職業訓練校の存在は、地味だが決定的に重要だ。

広島県立の訓練校では、建築施工、左官、設備といった現場直結の技能を、年間授業料わずか10万円前後で学ぶことができた。期間は6カ月から1年。卒業後の就職率は80〜90%台。地域の中小建設会社にとって、訓練校は「採用コストほぼゼロで即戦力が来る」貴重なパイプラインだった。

これを民間の教育機関で代替しようとすると、どうなるか。専門学校の建築系コースは年間100万〜150万円。2年制なら200万〜300万円かかる。しかも都市部に集中しており、三次や庄原の若者が通える距離にはない。結果として「地元で技術を学んで、地元で働く」という循環が断ち切られる。

訓練校は単なる教育機関ではない。地方の建設業を支える人材供給のインフラだ。道路や橋と同じで、なくなって初めてその価値に気づく。だが、気づいたときにはもう遅い。

数字で見る「現場の人がいない」現実

建設業の人手不足を数字で見ると、その深刻さがわかる。

国土交通省のデータによれば、建設業就業者数は1997年のピーク時に685万人だったが、2023年には479万人まで減少した。約30%減。しかも高齢化が進み、55歳以上が全体の約36%を占める一方、29歳以下はわずか12%程度。10年後には熟練工の大量退職が確実に来る。

広島県も例外ではない。有効求人倍率は建設関連職種で常に5倍を超える。つまり、5社が1人の人材を奪い合っている状態だ。

中小建設会社が1人の技能者を採用するコストはどれくらいか。求人広告費、面接対応の人件費、入社後のOJTコストを合算すると、1人あたり80万〜150万円が相場とされる。しかも定着率が低い。厚労省の調査では、建設業の新規入職者の3年以内離職率は約45%。つまり、150万円かけて採用した人材が、半分近くは3年で辞める。

訓練校経由であれば、技能の基礎ができた状態で入社してくるため、OJTコストは大幅に下がる。離職率も、訓練校卒業生は「覚悟を持って業界に入ってくる」ため、一般採用より低い傾向がある。この差は、年間売上数千万〜数億円規模の中小企業にとって、経営を左右するレベルのインパクトだ。

熱中症対策義務化が追い打ちをかける

ここにさらに重くのしかかるのが、熱中症対策の強化だ。

広島労働局は建設業界に対し、WBGT値(暑さ指数)の測定、休憩時間の確保、水分・塩分の提供、体調管理の徹底を強く要請している。2022年には広島県内の建設現場で熱中症による死亡災害が2年連続で発生し、行政の目は一段と厳しくなった。

これ自体は正しい。現場で人が死んでいい理由はない。

問題は、対策を実行するためのコストと人手が、中小企業には圧倒的に足りないことだ。

具体的に見てみよう。WBGT測定器の導入に数万円。空調服の支給は1着1万〜3万円で、現場全員分となれば数十万円。休憩小屋やスポットクーラーの設置に数十万円。さらに、休憩時間を増やせばその分だけ工期が延びる。工期が延びれば、元請けとの契約に影響が出る。

そして最も本質的な問題がある。人が少ない現場ほど、1人あたりの負荷が上がり、熱中症リスクが高まるということだ。人手不足と熱中症リスクは、悪循環の関係にある。人が足りないから無理をする。無理をするから事故が起きる。事故が起きるから人が来なくなる。

訓練校を廃止して人材供給を細らせながら、安全対策の強化を求める。これは、蛇口を閉めながら「水が足りない」と言っているのと同じだ。

「育成コスト」を誰が負担するのか

行政が訓練校を廃止する理由は、表向きには「定員充足率の低下」や「財政効率化」だ。確かに、定員割れが続いている訓練校があるのは事実だろう。

だが、ここで問うべきは「なぜ定員が埋まらないのか」だ。

建設業のイメージが悪い。給与水準が他業種に比べて低い。若者に届く情報発信ができていない。これらは訓練校の問題ではなく、業界全体と行政のマーケティングの問題だ。定員が埋まらないから閉じる、というのは、集客できないから店を畳む、と同じ思考回路であり、「なぜ集客できないのか」を問わずに撤退する判断だ。

訓練校1校あたりの年間運営コストは、人件費・設備費込みで数千万円から1億円程度と推定される。広島県の一般会計予算は約1兆円。訓練校3校で仮に3億円としても、全体の0.03%だ。この0.03%を削ることで、地域の建設人材供給パイプラインが断たれる。費用対効果の計算として、本当に正しいのか。

一方で、訓練校がなくなった後の「育成コスト」は、そのまま中小企業に転嫁される。採用コスト、教育コスト、離職による再採用コスト。これらを個々の中小企業が自力で負担する構造になる。年間売上1億円の建設会社が、採用・育成に年間300万〜500万円を自前で捻出するのは、相当な負担だ。

中小建設会社は、どう動くべきか

行政の方針転換を待っていても、現場は回らない。では、中小建設会社は何ができるか。

1. 自社で「ミニ訓練校」をつくる
大げさな話ではない。AIを活用した動画マニュアルの作成コストは、今や数万円まで下がっている。熟練工の技術を動画で記録し、新人がスマホで学べる仕組みをつくる。かつて外注すれば300万円かかった研修動画が、生成AIと編集ツールで5万円以下でつくれる時代だ。

2. 複数社で共同採用・共同育成する
1社で採用コスト150万円を負担するのがきついなら、地域の5社で共同採用説明会を開く。コストは5分の1。訓練期間も共同で設計すれば、1社あたりの負担は劇的に下がる。地域の建設業協会が旗振り役になれるはずだ。

3. 熱中症対策をテクノロジーで効率化する
ウェアラブル端末で体温や心拍を自動モニタリングするサービスは、月額1人数千円から利用できるものが出てきている。人の目で全員の体調を管理するのは限界がある。テクノロジーに任せられる部分は任せて、人間は技能の伝承に集中する。

4. 行政に「数字で」訴える
「訓練校を残してほしい」という要望だけでは弱い。「訓練校卒業生1人あたりの育成コストは○万円。民間代替だと○万円。差額は○万円で、これが地域の中小企業○社に転嫁される」。こういう数字で語らなければ、行政は動かない。

問われているのは「現場の人」の価値

結局、この問題の根っこにあるのは、「現場で手を動かす人」の価値を、社会がどう評価しているか、という話だ。

DXだ、AIだ、と言われる時代に、建物を建て、道路を直し、水道管を通す人がいなければ、社会は1日も回らない。その人たちを育てる仕組みを「コスパが悪い」と切り捨てることが、本当に合理的な判断なのか。

広島県の職業訓練校廃止は、一見すると地方行政の小さな話に見える。だが、これは日本中の地方で同時進行している構造問題の縮図だ。人を育てる仕組みが壊れ、現場に人がいなくなり、残った人に過剰な負荷がかかり、事故が起きる。その悪循環を止められるのは、現場に最も近い中小企業の経営者と、彼らの声を聞く気がある行政だけだ。

訓練校を閉じるなら、代わりの仕組みを用意してからにしてほしい。それがないなら、閉じるべきではない。シンプルな話だ。