株式会社TradeSupport

2026.08.12

求人100倍なのに若者が出ていく——広島で同時に起きている「人が足りない」と「人が出ていく」の正体

求人倍率100倍。それでも若者は広島を出ていく。

広島県の理系専門学校に届く求人票は、学生1人に対して100社を超える。企業は「誰でもいいから来てくれ」と頭を下げている。

その同じ広島から、毎年数千人の若者が県外に流出している。

「人が足りない」と「人が出ていく」が同時に起きている。これは矛盾じゃない。構造の問題だ。

数字で見る「出ていく」現実

総務省の住民基本台帳人口移動報告によれば、広島県は2023年に約4,500人の転出超過を記録した。特に20〜24歳の若年層の流出が大きい。行き先は東京圏が圧倒的で、次いで大阪・福岡が続く。

なぜ出ていくのか。よく言われるのは「給与が低い」だが、話はそう単純じゃない。

厚生労働省の賃金構造基本統計調査(2023年)を見ると、広島県の平均年収は約420万円。東京都は約580万円。差は約160万円。ただし家賃差を考慮すれば、手取りベースの生活水準はそこまで開かない。

じゃあ何が問題か。

若者が見ているのは「年収の絶対値」ではなく、「5年後・10年後の天井」だ。

地元の製造業に就職すれば、初任給は20万円前後。5年働いて25万円。10年で30万円。見える天井が低い。一方、東京のIT企業なら、初任給25万円からスタートして、スキル次第で3年で年収500万、5年で700万も珍しくない。

若者が比較しているのは「今の給料」ではなく「キャリアの傾き」だ。同じ努力をするなら、傾きが急な場所を選ぶ。合理的な判断と言わざるを得ない。

求人100倍の中身を見る

一方で、広島の理系専門学校には求人が殺到している。中国新聞の報道によれば、特定の学科——たとえば機械系やIT系——では求人倍率が100倍を超えるケースがある。学生10人に対して求人1,000件以上。異常な数字だ。

だが、この「100倍」の中身を分解する必要がある。

まず、求人を出している企業の多くは県外の大企業だ。トヨタ系、日立系、三菱系。広島に工場や事業所を持つ企業が「広島で採れなければ他県から」ではなく、「広島の専門学校から全国に引っ張りたい」と動いている。つまり、求人100倍の相当数は、広島に残る求人ではなく、広島から出ていく求人だ。

ここに構造的な皮肉がある。広島の教育機関が優秀な人材を育て、その人材を県外企業が吸い上げる。広島は「人材の生産地」にはなっているが、「人材の消費地」にはなれていない。農業で言えば、良い米を作っているのに、地元の食卓には並ばず全部築地に出荷されているようなものだ。

なぜ地元企業は「選ばれない」のか

では、広島の地元企業——特に中小企業——は何をしているのか。

求人は出している。人手不足は深刻だと言っている。だが、学生に選ばれていない。

理由は3つある。

1. 情報発信の圧倒的な不足

大企業はリクナビ・マイナビに数百万円を投じて採用ページを作り、インターンを設計し、SNSで発信する。一方、地元中小企業の多くは、ハローワークに求人票を出して待っているだけだ。求人票のフォーマットは画一的で、会社の魅力が伝わらない。

学生にとって「知らない会社」は「存在しない会社」と同じだ。

2. 「何ができるようになるか」が見えない

若者が就職先を選ぶとき、給料の次に見ているのは「この会社で何ができるようになるか」だ。スキルが身につくか。市場価値が上がるか。転職するときに武器になるか。

地元の中小企業の多くは、この問いに答えられていない。「うちに来れば一生安泰」は、もはや若者には響かない。終身雇用の安心感より、「どこでも通用する自分になれるか」のほうが重要だからだ。

3. 働き方の柔軟性が足りない

リモートワーク、フレックス、副業OK。東京の企業では当たり前になりつつある選択肢が、地方の中小企業ではまだ「特別なこと」扱いされている。製造業の現場では難しい部分もあるが、設計・管理・営業など、リモートで対応できる業務まで「出社が当然」になっている企業は少なくない。

本当の問題は「マッチングの失敗」ではない

ここまで読むと、「じゃあマッチングを改善すればいい」と思うかもしれない。求人サイトを充実させ、インターンを増やし、地元企業の魅力を発信する。それ自体は正しい。

だが、もっと根深い問題がある。

地元中小企業が提供できる「価値」そのものが変わっていないことだ。

求人倍率100倍の裏で起きているのは、「同じような条件の求人が100社から届いている」という現実だ。月給18〜22万円、年間休日105日、昇給年1回。どの会社の求人票も似たような内容。差別化ができていない。

これは採用の問題ではなく、経営の問題だ。

給与を上げるには、利益を上げなければならない。利益を上げるには、生産性を上げるか、付加価値の高い事業に転換するか、どちらかだ。

ここでAIやデジタル技術の話が出てくる。

中小企業が「選ばれる会社」になるための現実解

生産性を上げる手段として、AIの活用コストは劇的に下がっている。

3年前なら、業務システムの構築に300万〜500万円かかっていたものが、今はノーコードツールとAIの組み合わせで30万〜50万円でできるケースが増えている。見積書の自動作成、在庫管理の最適化、問い合わせ対応の自動化。こうした「地味だが確実に時間を食う業務」を自動化すれば、少ない人数で同じ売上を維持できる。

浮いた原資を給与に回す。あるいは、週休3日制を導入する。あるいは、新規事業に投資する。

実際に、広島県内のある製造業の中小企業(従業員30名)は、受発注業務にAIを導入したことで、事務スタッフ2名分の工数を削減。その分を技術者の給与アップ(月3万円)に充てたところ、翌年の新卒応募が前年比3倍になったという事例がある。

月3万円。年間36万円。これだけで「選ばれる会社」に近づいた。

大企業と同じ土俵で戦う必要はない。「東京の大企業ほどの給料は出せないが、通勤10分で、週休3日で、AIを使った最先端の業務環境がある」——これは中小企業だからこそ作れるポジションだ。

広島が「人材の消費地」になるために

問題を整理する。

広島は、ものづくりの基盤がある。マツダを頂点とするサプライチェーンがあり、造船、鉄鋼、食品加工と産業の裾野は広い。瀬戸内の生活環境は、東京にはない圧倒的な魅力がある。海まで30分、山まで30分。家賃は東京の半分以下。

だが、「住みやすい」だけでは人は残らない。「ここで働くと、自分の価値が上がる」と思えるかどうか。それが勝負の分かれ目だ。

求人100倍という数字は、裏を返せば「100社が1人の学生を奪い合っている」ということだ。その100社のうち、何社が本気で自社の魅力を磨いているか。何社が「うちに来たら、こう成長できる」と語れるか。

「人が足りない」と嘆く前に、「選ばれない理由」を直視する。そこからしか、この構造は変わらない。

広島の中小企業にとって、今が正念場だ。AIでコストを下げ、浮いた分で人に投資する。それができた会社だけが、若者に「ここで働きたい」と言ってもらえる。

100倍の求人票を出すより、1人に「この会社がいい」と思わせるほうが、はるかに難しい。でも、はるかに価値がある。