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2026.05.29

水みらい広島の全株式譲渡、尾道の官製談合——「蛇口の向こう側」を誰が経営するのか

蛇口をひねれば水が出る。その「当たり前」の裏側が壊れ始めている。

広島県が51%を出資していた「水みらい広島」の全株式が、共同出資者の水ing(すいいんぐ)に譲渡される。県が水道事業の経営から手を引く、という話だ。

同じ広島県内では、尾道市水道局の元幹部が官製談合防止法違反で起訴され、懲役1年6ヶ月が求刑された。入札予定価格を特定業者に漏らしていた。

一方では「民間に任せて効率化」、もう一方では「公共のまま腐敗」。どちらに転んでも問題が出る。これは広島だけの話ではない。日本中の水道が同じ岐路に立っている。

で、結局どうなるのか。蛇口の向こう側で何が起きているのか。コストと構造から整理する。

なぜ県は株を手放すのか——数字が語る水道事業の限界

水みらい広島は2012年に設立された。広島県が51%、水ing(荏原製作所グループの水処理大手)が49%を出資する官民共同出資会社だ。県営水道の浄水場の運転管理や水質管理を担ってきた。

では、なぜ県は持ち株を手放すのか。

理由はシンプルだ。水道事業が構造的に赤字体質だからだ。

広島県の給水人口は減り続けている。2000年に約288万人だった県人口は、2024年には約272万人。今後20年でさらに40万人以上減る見通しだ。人が減れば水の使用量が減る。使用量が減れば収入が減る。しかし、管路や浄水場といったインフラの維持コストは減らない。むしろ増える。

全国の水道管の総延長は約74万km。そのうち法定耐用年数の40年を超えた管路は約2割、距離にして約14万kmに達する。広島県も例外ではない。県内の基幹管路の耐震適合率は全国平均の約42%を下回るとされ、更新投資の先送りが常態化している。

厚生労働省の試算では、全国の水道事業の更新需要は今後40年間で約54兆円。年間1兆円以上の投資が必要だが、現状の更新投資額は年間約7,000億円にとどまる。毎年3,000億円以上の「更新不足」が積み上がっている計算だ。

県としては、自前で経営し続ける体力がない。だから民間に渡す。理屈はわかる。

だが、渡した先で何が起きるかが問題だ。

尾道の官製談合が突きつけるもの——「公共だから安心」は幻想

水道事業を公共のまま維持すれば安心か。尾道市の事件はその幻想を壊した。

尾道市水道局の元幹部職員は、水道管の更新工事に関する入札予定価格を特定の業者に漏洩していた。検察は懲役1年6ヶ月を求刑。事件は2024年に入って公判が進んでいる。

水道工事の入札は、一般市民の目に触れにくい。工事の内容は専門的で、価格が妥当かどうかを外部から判断するのは極めて難しい。だからこそ談合が起きやすい。

これは尾道だけの問題ではない。国土交通省の調査によれば、上下水道関連の入札における一者応札(応札が1社のみ)の割合は、他の公共事業と比べて高い傾向がある。競争が働かなければ、価格は下がらない。結果として、住民が払う水道料金に「見えないコスト」が上乗せされる。

公共だから透明とは限らない。民間だから効率的とも限らない。 問題は「誰が経営するか」ではなく「どう監視するか」にある。

民営化で水道料金はどうなるか——中小企業が直面するリアルな数字

では、水みらい広島の完全民営化で水道料金はどう動くか。

現在、広島県の水道料金は20立方メートル使用の家庭で月額約3,000〜4,000円。全国平均とほぼ同水準だ。

海外の事例を見ると、水道民営化後に料金が上がったケースは多い。フランスのパリ市は1985年に民営化し、その後25年間で水道料金が約265%上昇した。結局2010年に再公営化している。イギリスでは1989年の民営化以降、実質ベースで約40%の料金上昇が起きた。

日本では宮城県が2022年に上工下水一体の運営権を民間に売却(コンセッション方式)した。現時点では料金据え置きだが、契約期間は20年。長期的な推移はまだ見えない。

ここで考えるべきは、家庭よりも中小企業への影響だ。

飲食店を例に取ろう。広島市内の中規模の飲食店(席数30〜40)の月間水道使用量は概ね50〜100立方メートル。年間の水道コストは約30万〜60万円になる。仮に料金が20%上がれば、年間6万〜12万円の負担増だ。

「たかが10万円」と思うかもしれない。だが、飲食業の営業利益率は平均3〜5%。年商3,000万円の店なら営業利益は90万〜150万円。そこから10万円抜かれるのは、利益の7〜11%に相当する。決して小さくない。

さらに深刻なのは製造業だ。食品加工、染色、メッキ、コンクリート製品——水を大量に使う業種は瀬戸内エリアにも多い。月間500立方メートル以上使う中小工場なら、年間水道コストは200万円を超える。20%の値上げで40万円以上の負担増。原材料費の高騰と合わせれば、経営を直撃する水準だ。

水道料金は「固定費」だ。売上が落ちても減らせない。だからこそ、中小企業にとっては利益率を静かに削る「見えない刃」になる。

本当の論点——「経営の質」をどう担保するか

整理しよう。

どちらも一長一短。ではどうするか。

カギは「情報の透明性」と「監視の仕組み」だ。

宮城県のコンセッション方式では、料金の上限設定、モニタリング委員会の設置、経営情報の公開義務が契約に盛り込まれた。これ自体は前進だ。だが、モニタリング委員会の実効性がどこまであるかは、まだ検証途上にある。

広島県が水みらい広島の株式を手放すにあたって、同様の——あるいはそれ以上の——監視の枠組みが設計されているか。ここが最大の焦点になる。

中小企業の経営者にとって、水道料金の決定プロセスに口を出す手段があるかどうかは死活問題だ。商工会議所や業界団体を通じた料金改定への意見表明の仕組み、経営情報へのアクセス権——こうした「参加の回路」が設計されていなければ、民営化は単なる「コスト転嫁の仕組み」に堕する。

中小企業は何をすべきか——「水コスト」を経営変数として扱う

最後に、地方の中小企業にとっての実務的な話をする。

水道料金が上がる可能性があるなら、今のうちにやれることがある。

1. 自社の水道使用量を「見える化」する
月次の使用量と料金を最低12ヶ月分並べるだけで、季節変動やムダが見える。これをやっていない中小企業は驚くほど多い。

2. 節水投資のROIを計算する
節水型設備への更新、循環利用システムの導入——初期投資は数十万〜数百万円だが、水道料金が上がれば回収期間は短くなる。料金が20%上がった場合の回収シミュレーションを今のうちに回しておく価値がある。

3. 井戸水・雨水利用の可能性を探る
用途によっては上水道以外の水源が使える。広島県内でも井戸水を工業用水に活用している中小企業は存在する。水質検査のコストは年間数万円程度。選択肢として排除しないほうがいい。

4. 料金改定の情報を早くつかむ
民営化後の料金改定は、議会承認ではなく事業者の申請ベースになる可能性がある。情報が出てから動くのでは遅い。地元の商工会議所や水道事業者の動向を定期的にチェックする体制を作っておくべきだ。

「蛇口の向こう側」は、経営の問題だ

水道は空気と同じで、普段は意識しない。だが、コストが上がった瞬間に経営課題になる。

水みらい広島の株式譲渡は、広島県の水道事業が「公共サービス」から「ビジネス」に軸足を移す転換点だ。尾道の官製談合は、公共のまま放置してもガバナンスは崩れることを証明した。

どちらの道を選んでも、「誰かが見張る」仕組みがなければ、ツケを払うのは住民と中小企業だ。

蛇口をひねるたびに、その向こう側で誰がどんな経営判断をしているのか。その問いを、広島の——そして日本中の——中小企業経営者は持っておくべきだと思う。

水は、止まってからでは遅い。