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2026.04.23

星野リゾートが宮島に来る。で、地元の宿は「1泊いくら」で戦うのか?——瀬戸内の観光原価を分解する

1泊5万円の隣で、1人3,000円のサウナが生き残れるか

2023年7月、星野リゾート『界 宮島』が宮島口にオープンする。客単価は1泊3万〜5万円。瀬戸内の景観、露天風呂、地元食材のコース料理。ブランド力で全国から客を引っ張る装置だ。

同じ広島県内、佐伯区湯来町では27歳の起業家2人が築100年の古民家をサウナに改装した。利用料は1人3,000円。投資額は約1,000万円。

そして広島県は、年間約4万トン発生するカキ殻の活用ガイドラインを策定した。処理費用は1トンあたり数千円。これを「コスト」から「資源」に転換しようという話だ。

この3つのニュース、バラバラに見えるが、根っこは同じだ。「瀬戸内の観光は、いくらの原価で回るのか」という問いに行き着く。

星野リゾートが持ち込むもの、奪うもの

星野リゾートの進出を「地域活性化」と喜ぶ声は多い。実際、宮島エリアへの注目度は上がるだろう。ブランドの集客力は本物だ。

だが、冷静に構造を見たい。

星野リゾートの客単価は1泊3万〜5万円。2人1泊で6万〜10万円の消費が生まれる。宮島口周辺の既存旅館は1泊1万〜2万円がボリュームゾーンだ。客層が違う、と言いたいところだが、話はそう単純じゃない。

星野リゾートが持ち込むのは「客」ではなく「基準」だ。

宿泊予約サイトで並んだとき、同じエリアに星野リゾートがあるだけで、比較対象が変わる。「この値段でこのサービス?」という目線が生まれる。サービスの質、写真の見せ方、口コミの温度感。すべてが相対評価になる。

地元の中小旅館が「安さ」で勝負しようとすれば、原価割れの消耗戦に入る。星野リゾートと同じ土俵に立つのは自殺行為だ。

では、どうするか。

答えは「原価構造そのものを変える」ことにある。

古民家サウナが示す「低原価・高体験」モデル

湯来町の古民家サウナを数字で見てみる。

数字だけ見れば「小さい商売」だ。星野リゾートの1室分の売上にも満たない。

だが、ここに本質がある。この事業の原価は「場所の歴史」と「体験の設計」であり、建物のハコ代ではない。

築100年の古民家は、新築すれば数千万円かかる空間を数百万円で手に入れている。「古さ」がそのまま価値になる。薪の香り、木の質感、川のせせらぎ。これらは設備投資で再現できないものだ。

星野リゾートが数十億円かけて作る「非日常」を、1,000万円で別の角度から実現している。原価構造がまるで違う。

中小事業者にとっての教訓はここにある。「高く売る」のではなく「原価の意味を変える」。 廃墟が資産になり、不便さが体験になり、古さがブランドになる。この転換ができるかどうかが、星野リゾートの隣で生き残れるかの分岐点だ。

カキ殻ガイドライン——「廃棄物」が「原材料」に変わる瞬間

広島県のカキ生産量は全国の約6割。年間およそ10万トンのカキが水揚げされ、その重量の半分以上が殻だ。つまり毎年数万トンのカキ殻が「ゴミ」として発生する。

処理コストは業者にとって重荷だ。産業廃棄物として処分すれば1トンあたり数千円〜1万円。年間で億単位のコストが瀬戸内の漁業者にのしかかっている。

今回のガイドラインは、このカキ殻を建材、土壌改良材、路盤材などに転用するルールを整備するものだ。すでに一部では肥料や飼料への活用が始まっているが、品質基準や安全性の担保が曖昧で、大規模な流通には至っていなかった。

ここで面白いのは、「コストをゼロにする」のではなく「コストをマイナスにできる可能性がある」という点だ。

処理費用として1トン1万円払っていたものが、建材として1トン数千円で売れるようになれば、差し引きで1トンあたり1万数千円の価値転換が起きる。年間4万トンで計算すれば、数億円規模の経済効果だ。

これは観光にも波及する。カキ殻を使った壁材の宿、カキ殻の道を歩くトレイル、カキ殻アートのワークショップ。「ゴミだったもの」がストーリーになる。観光の原価に「地域の廃棄物」を組み込めるかどうか。ここにも原価構造の転換がある。

ただし、注意点もある。「カキ殻で地方創生」と言うのは簡単だが、実際にはロジスティクス(集積・洗浄・加工・配送)のコストが重い。ガイドラインは入口に過ぎない。これを事業として回すには、加工拠点の整備と流通ルートの確立が不可欠だ。「ガイドラインを作りました」で終わるなら、ただの行政の自己満足になる。

瀬戸内の観光原価を再定義する

3つのニュースを並べると、瀬戸内の観光が「原価の再定義」を迫られていることが見えてくる。

星野リゾート 古民家サウナ カキ殻活用
初期投資 数十億円規模 約1,000万円 ガイドライン策定(行政コスト)
客単価 3万〜5万円 3,000円 直接の観光収入はこれから
原価の源泉 ブランド・設備 歴史・体験設計 廃棄物の価値転換
回収期間 10年以上 3〜5年 未知数
中小企業の再現性 低い 高い 中(加工事業として参入余地あり)

星野リゾートのモデルは、資本力がなければ再現できない。だが古民家サウナやカキ殻活用は、中小事業者でも手が届く。

重要なのは、「何に金をかけるか」ではなく「何を原価に組み込むか」だ。

古い建物、廃棄されるカキ殻、地元の人しか知らない風景。これらは大企業にとっては「スケールしない」から手を出さない領域だ。だが中小企業にとっては、まさにそこが主戦場になる。

で、結局どうすればいいのか

瀬戸内で観光事業を営む中小事業者に、3つだけ言いたい。

1. 星野リゾートと戦うな。隣で違うものを売れ。
客単価5万円の宿の隣に、1人3,000円の「ここでしかできない体験」があれば、むしろ星野リゾートの集客力を借りられる。競合ではなく補完の関係を作れ。

2. 「捨てているもの」を棚卸しせよ。
カキ殻、空き家、耕作放棄地、使われなくなった漁船。コストとして計上しているものの中に、原価ゼロの観光資源が眠っている可能性がある。ガイドラインができた今、カキ殻関連は特に動きやすい。

3. 小さく始めて、数字で検証しろ。
古民家サウナの投資額は1,000万円。事業計画を3年で検証できる規模だ。「まず1,000万円でやってみて、ダメなら撤退する」という判断ができるのは中小企業の強みだ。大企業は数十億円を投じた以上、撤退の判断が遅れる。機動力こそが中小の武器だ。

瀬戸内の観光は今、「誰が高いものを売るか」の競争から、「誰が原価の意味を変えられるか」の競争に移りつつある。

星野リゾートの進出は脅威ではない。問いだ。

「あなたの観光の原価は、いくらで回っていますか?」

この問いに、数字で答えられる事業者だけが、次の10年を生き残る。