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2026.09.16

尾道のホテル単価が広島市より21%高い——「供給過多の県都」vs「供給制約の観光地」、宿泊単価の逆転構造を読む

結論から言う。「部屋数が少ない街」が勝っている

尾道のホテル平均単価が、広島市中区より21%高い。

県都より人口10分の1以下の地方都市のほうが、宿泊で「稼げている」。これは偶然じゃない。構造の話だ。

ポイントは3つ。供給の制約、体験の密度、そして「泊まる理由」の有無。この3つが揃うと、小さな街ほど単価が上がる。逆に、部屋数を増やしすぎた都市は単価が下がる。広島市はいま、その典型的な構造に入りつつある。

広島市の「ホテル新設ラッシュ」が単価を押し下げている

まず数字を見よう。

広島市中区では、2019年以降ホテルの新設が相次いだ。インバウンド回復を見越した投資が集中し、客室数は大幅に増加した。原爆ドーム・平和公園周辺だけでも複数の新規ホテルが開業、または建設中だ。

供給が増えれば、当然ながら価格競争が起きる。OTA(オンライン旅行代理店)上では、広島市中区のビジネスホテルが1泊5,000〜7,000円台でひしめいている。稼働率を維持するために値下げに走る宿も少なくない。

一方、尾道はどうか。

尾道市の宿泊施設数は広島市と比較にならないほど少ない。山と海に挟まれた地形的制約があり、大型ホテルを建てる平地がそもそも限られている。結果として、供給が絞られたまま需要が伸びた。単価が上がるのは当然の帰結だ。

これは経済学の基本中の基本だが、観光政策の議論ではなぜか無視されがちだ。「ホテルを増やせば観光収入が増える」という発想は、供給過多による単価下落を計算に入れていない。

尾道が高単価を取れる本当の理由——「ここでしか泊まれない」の設計

供給制約だけなら、単に「不便な街」で終わる。尾道が面白いのは、その制約を逆手に取って「泊まる理由」を設計している点だ。

代表的な事例がいくつかある。

LOG(ログ)。千光寺山の中腹にある築70年超の県営アパートをリノベーションした宿泊施設だ。1泊2万円台後半〜。建築家・スタジオ・ムンバイが手がけた空間設計、瀬戸内を見下ろすロケーション。ここに泊まること自体が「体験」になっている。

HOTEL CYCLE。しまなみ海道の起点、ONOMICHI U2内にあるサイクリスト向けホテル。自転車を部屋に持ち込める設計で、1泊1.5万〜2万円台。サイクリストという明確なターゲットに刺さる「泊まる理由」がある。

空き家再生プロジェクト群。NPO法人尾道空き家再生プロジェクトを起点に、古民家や空き家を活用したゲストハウス・一棟貸しが増えた。1泊数千円〜1万円台まで幅はあるが、共通しているのは「尾道の文脈の中に泊まる」という体験設計だ。

これらに共通するのは、大手チェーンでは絶対に再現できない宿泊体験であること。広島市中区のビジネスホテルが「どこでも同じ部屋」で価格競争するのとは、まったく違うゲームをしている。

コスト構造の逆転——「小さいからこそ高く売れる」メカニズム

ここが中小企業の経営者として最も注目すべきポイントだ。

広島市中区の大型ホテルは、建設費だけで数十億円規模。人件費、光熱費、OTAへの手数料(売上の15〜20%)が重くのしかかる。損益分岐の稼働率は70%前後。それを下回れば値下げせざるを得ない。

尾道の小規模宿はどうか。古民家リノベなら初期投資は数百万〜数千万円。スタッフは最小限、場合によってはオーナー1人で回す。OTAに頼らず自社サイトやSNSで集客すれば手数料もかからない。損益分岐の稼働率は40〜50%程度まで下がる。

つまり、固定費が低いから、無理に値下げしなくていい。空室があっても経営が回る。だから単価を維持できる。

さらに言えば、小規模宿は「満室=6〜10室」程度だ。年間を通じて平均稼働率60%でも十分に利益が出る。大型ホテルが200室を毎日埋めようとして値下げ合戦に突入するのとは、根本的に構造が違う。

300室のホテルを1つ建てるより、10室の宿を5つ作るほうが、地域全体の宿泊単価は高くなる。

これは尾道が証明しつつある仮説だ。

広島市が学ぶべきこと——「数」ではなく「理由」の競争へ

誤解のないように言っておくと、広島市の観光ポテンシャルは圧倒的だ。原爆ドーム・平和記念資料館は世界遺産であり、年間来訪者数は尾道の比ではない。2023年のG7広島サミット以降、国際的な認知度もさらに上がった。

問題は、その圧倒的な集客力が「宿泊単価」に変換されていないことだ。

理由は明快。広島市中区の宿泊施設の多くが「寝る場所」としてしか機能していないからだ。観光客は平和公園を訪れ、お好み焼きを食べ、ホテルに戻って寝る。ホテル自体に「泊まる理由」がない。だから価格でしか選ばれない。

一方、尾道では「この宿に泊まりたいから尾道に行く」という逆転が起きている。宿が目的地になっている。

この差は大きい。

広島市が単価を上げたいなら、ホテルの数を増やすことではなく、「広島市のこの宿に泊まりたい」と思わせる宿泊体験を設計することだ。平和公園の文脈を活かした宿、被爆建物をリノベーションした宿、川沿いの水辺体験と一体化した宿——可能性はいくらでもある。

地方の中小企業にとっての示唆——「小さいこと」は武器になる

この尾道の事例は、宿泊業に限った話ではない。

地方の中小企業が大企業と同じ土俵で戦えば、価格競争で負ける。当たり前だ。だが、「供給を絞り、体験の密度を上げ、泊まる理由(=買う理由)を設計する」という構造は、製造業でもサービス業でも応用できる。

尾道のホテル単価が広島市を21%上回っているという事実は、「小さいことは弱みではなく、設計次第で最大の武器になる」ということの証明だ。

で、結局どうすればいいのか

3つだけ言う。

1. 供給を増やすな。理由を増やせ。
部屋数や商品数を増やして売上を伸ばそうとする発想は、価格競争への片道切符だ。「なぜあなたの宿(店・サービス)でなければならないのか」を言語化しろ。

2. 固定費を下げて、値下げしない体質を作れ。
古民家リノベ、最小人数オペレーション、SNS直販。中小企業が単価を維持するための武器は揃っている。AIを使えば予約管理も顧客対応も1人で回せる時代だ。

3. 地域の文脈を「体験」に変換しろ。
歴史、食、風景、人。地域にしかない素材を、泊まる理由・買う理由・訪れる理由に変換する。これは大企業には絶対にできない仕事だ。

尾道の21%という数字は、地方の小さなプレイヤーにとっての希望だ。ただし、それは「何もしなくても地方は素晴らしい」という話ではない。構造を理解し、設計し、実行した結果だ。

このままでいいのか。自分の街で、自分の事業で、同じ逆転を起こせないか。考える価値はある。