結論から言う。「部屋数が少ない街」が勝っている
尾道のホテル平均単価が、広島市中区より21%高い。
県都より人口10分の1以下の地方都市のほうが、宿泊で「稼げている」。これは偶然じゃない。構造の話だ。
ポイントは3つ。供給の制約、体験の密度、そして「泊まる理由」の有無。この3つが揃うと、小さな街ほど単価が上がる。逆に、部屋数を増やしすぎた都市は単価が下がる。広島市はいま、その典型的な構造に入りつつある。
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広島市の「ホテル新設ラッシュ」が単価を押し下げている
まず数字を見よう。
広島市中区では、2019年以降ホテルの新設が相次いだ。インバウンド回復を見越した投資が集中し、客室数は大幅に増加した。原爆ドーム・平和公園周辺だけでも複数の新規ホテルが開業、または建設中だ。
供給が増えれば、当然ながら価格競争が起きる。OTA(オンライン旅行代理店)上では、広島市中区のビジネスホテルが1泊5,000〜7,000円台でひしめいている。稼働率を維持するために値下げに走る宿も少なくない。
一方、尾道はどうか。
尾道市の宿泊施設数は広島市と比較にならないほど少ない。山と海に挟まれた地形的制約があり、大型ホテルを建てる平地がそもそも限られている。結果として、供給が絞られたまま需要が伸びた。単価が上がるのは当然の帰結だ。
これは経済学の基本中の基本だが、観光政策の議論ではなぜか無視されがちだ。「ホテルを増やせば観光収入が増える」という発想は、供給過多による単価下落を計算に入れていない。
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尾道が高単価を取れる本当の理由——「ここでしか泊まれない」の設計
供給制約だけなら、単に「不便な街」で終わる。尾道が面白いのは、その制約を逆手に取って「泊まる理由」を設計している点だ。
代表的な事例がいくつかある。
LOG(ログ)。千光寺山の中腹にある築70年超の県営アパートをリノベーションした宿泊施設だ。1泊2万円台後半〜。建築家・スタジオ・ムンバイが手がけた空間設計、瀬戸内を見下ろすロケーション。ここに泊まること自体が「体験」になっている。
HOTEL CYCLE。しまなみ海道の起点、ONOMICHI U2内にあるサイクリスト向けホテル。自転車を部屋に持ち込める設計で、1泊1.5万〜2万円台。サイクリストという明確なターゲットに刺さる「泊まる理由」がある。
空き家再生プロジェクト群。NPO法人尾道空き家再生プロジェクトを起点に、古民家や空き家を活用したゲストハウス・一棟貸しが増えた。1泊数千円〜1万円台まで幅はあるが、共通しているのは「尾道の文脈の中に泊まる」という体験設計だ。
これらに共通するのは、大手チェーンでは絶対に再現できない宿泊体験であること。広島市中区のビジネスホテルが「どこでも同じ部屋」で価格競争するのとは、まったく違うゲームをしている。
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コスト構造の逆転——「小さいからこそ高く売れる」メカニズム
ここが中小企業の経営者として最も注目すべきポイントだ。
広島市中区の大型ホテルは、建設費だけで数十億円規模。人件費、光熱費、OTAへの手数料(売上の15〜20%)が重くのしかかる。損益分岐の稼働率は70%前後。それを下回れば値下げせざるを得ない。
尾道の小規模宿はどうか。古民家リノベなら初期投資は数百万〜数千万円。スタッフは最小限、場合によってはオーナー1人で回す。OTAに頼らず自社サイトやSNSで集客すれば手数料もかからない。損益分岐の稼働率は40〜50%程度まで下がる。
つまり、固定費が低いから、無理に値下げしなくていい。空室があっても経営が回る。だから単価を維持できる。
さらに言えば、小規模宿は「満室=6〜10室」程度だ。年間を通じて平均稼働率60%でも十分に利益が出る。大型ホテルが200室を毎日埋めようとして値下げ合戦に突入するのとは、根本的に構造が違う。
300室のホテルを1つ建てるより、10室の宿を5つ作るほうが、地域全体の宿泊単価は高くなる。
これは尾道が証明しつつある仮説だ。
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広島市が学ぶべきこと——「数」ではなく「理由」の競争へ
誤解のないように言っておくと、広島市の観光ポテンシャルは圧倒的だ。原爆ドーム・平和記念資料館は世界遺産であり、年間来訪者数は尾道の比ではない。2023年のG7広島サミット以降、国際的な認知度もさらに上がった。
問題は、その圧倒的な集客力が「宿泊単価」に変換されていないことだ。
理由は明快。広島市中区の宿泊施設の多くが「寝る場所」としてしか機能していないからだ。観光客は平和公園を訪れ、お好み焼きを食べ、ホテルに戻って寝る。ホテル自体に「泊まる理由」がない。だから価格でしか選ばれない。
一方、尾道では「この宿に泊まりたいから尾道に行く」という逆転が起きている。宿が目的地になっている。
この差は大きい。
広島市が単価を上げたいなら、ホテルの数を増やすことではなく、「広島市のこの宿に泊まりたい」と思わせる宿泊体験を設計することだ。平和公園の文脈を活かした宿、被爆建物をリノベーションした宿、川沿いの水辺体験と一体化した宿——可能性はいくらでもある。
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地方の中小企業にとっての示唆——「小さいこと」は武器になる
この尾道の事例は、宿泊業に限った話ではない。
地方の中小企業が大企業と同じ土俵で戦えば、価格競争で負ける。当たり前だ。だが、「供給を絞り、体験の密度を上げ、泊まる理由(=買う理由)を設計する」という構造は、製造業でもサービス業でも応用できる。
- 大量生産できないからこそ、単価を上げられる
- 小さいからこそ、顧客一人ひとりに合わせた体験を提供できる
- 地域の文脈に根ざしているからこそ、大手チェーンには真似できない
尾道のホテル単価が広島市を21%上回っているという事実は、「小さいことは弱みではなく、設計次第で最大の武器になる」ということの証明だ。
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で、結局どうすればいいのか
3つだけ言う。
1. 供給を増やすな。理由を増やせ。
部屋数や商品数を増やして売上を伸ばそうとする発想は、価格競争への片道切符だ。「なぜあなたの宿(店・サービス)でなければならないのか」を言語化しろ。
2. 固定費を下げて、値下げしない体質を作れ。
古民家リノベ、最小人数オペレーション、SNS直販。中小企業が単価を維持するための武器は揃っている。AIを使えば予約管理も顧客対応も1人で回せる時代だ。
3. 地域の文脈を「体験」に変換しろ。
歴史、食、風景、人。地域にしかない素材を、泊まる理由・買う理由・訪れる理由に変換する。これは大企業には絶対にできない仕事だ。
尾道の21%という数字は、地方の小さなプレイヤーにとっての希望だ。ただし、それは「何もしなくても地方は素晴らしい」という話ではない。構造を理解し、設計し、実行した結果だ。
このままでいいのか。自分の街で、自分の事業で、同じ逆転を起こせないか。考える価値はある。
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