株式会社TradeSupport

2026.08.19

外国人観光客500万人突破なのに向原高校は閉校——「人が来る広島」と「人がいない広島」の断層

同じ県内で起きている、真逆の現実

広島に外国人観光客が年間500万人以上来ている。2022年度は過去最高の511万5000人。アメリカからは前年比41%増。G7広島サミットの効果もあり、「HIROSHIMA」の国際的な知名度はかつてないほど高い。

その同じ広島県で、安芸高田市の向原高校が2029年度から生徒募集を停止する。直近2年間の新入生は20人に届かない。庄原市の東城高校も統廃合の対象だ。

500万人が来る広島と、20人が集まらない広島。同じ県内で、これが同時に起きている。

この断層を「仕方ない」で片付けていいのか。

観光の恩恵は、半径何キロまで届いているのか

まず冷静に数字を見たい。

広島県の外国人延べ宿泊者数(2022年)は約130万人泊。そのうち広島市と廿日市市(宮島)で約8割を占める。尾道・しまなみ海道エリアを加えれば、9割近くが瀬戸内沿岸部に集中している。

つまり、500万人という数字の恩恵は、県土の大半を占める中山間地域にはほぼ届いていない。観光消費額は広島県全体で推計4,000億円超とされるが、その分配構造を見れば「広島県が潤っている」のではなく「広島市と宮島が潤っている」が正確だ。

安芸高田市の人口は約2万5000人。2000年時点では約3万5000人だったから、20年余りで1万人が消えた。向原高校の定員割れは、この人口減少カーブの必然的な帰結にすぎない。

高校がなくなるとどうなるか。通学のために子どもを広島市内に送り出す家庭が増える。送り出した子どもは、そのまま帰ってこない。高校の閉校は「人口減少の結果」であると同時に「さらなる人口流出の原因」になる。負のスパイラルだ。

「観光で地域振興」の限界

「観光客を中山間地域にも呼び込めばいい」——そう言う人は多い。だが、現実はそう単純ではない。

外国人観光客が広島に来る理由の大半は「平和記念公園」と「宮島」だ。滞在日数は平均1.5〜2泊。広島市内で1泊、宮島で半日、そのまま次の目的地(京都・大阪)へ移動するのが典型的な動線になっている。

この動線の途中に安芸高田市は入らない。高速道路で広島市内から約1時間。公共交通は芸備線があるが、一部区間は1日数本。「ついでに寄る」場所ではない。

さらに言えば、仮に観光客を呼べたとしても、受け入れるための宿泊施設も飲食店も足りない。人手はもっと足りない。観光業で地域を救うには、まず「受け皿」が必要だが、その受け皿を作る人がいないという根本矛盾がある。

広島県の中山間地域が抱えている問題は、観光客の数では解決しない。

中小企業にとって、この断層は何を意味するか

ここからが本題だ。

広島県内の中小企業にとって、この「沿岸部と中山間地域の断層」は経営判断に直結する問題になりつつある。

沿岸部でインバウンド関連ビジネスを手がける企業は、人手の確保が最大のボトルネックだ。宮島エリアの旅館・飲食店では、時給1,200円でも人が集まらないケースが出ている。広島市内のホテルも清掃スタッフの採用に苦戦し、外国人労働者への依存度が上がっている。

一方、中山間地域の中小企業——製造業、建設業、農業法人——は、顧客基盤そのものが縮小している。地元の高校がなくなれば、若手採用のパイプも細くなる。向原高校の閉校は、周辺の中小企業にとって「地元で人を採れなくなる」ことを意味する。

この構造をAIやデジタル技術でどこまで緩和できるか。正直に言えば、人口減少そのものを止める力はテクノロジーにはない。だが、「人が減っても回る仕組み」を作ることはできる。

例えば、安芸高田市内のある建設会社は、現場管理にタブレットとクラウドツールを導入し、現場監督1人あたりの管理現場数を1.5倍にした。導入コストは月額3万円程度。これは大企業の真似ではなく、「人が採れないから、今いる人の生産性を上げるしかない」という切実な判断から生まれた取り組みだ。

中山間地域の中小企業がやるべきことは、観光客を待つことではない。少ない人数で事業を維持・成長させる仕組みを、今すぐ作ることだ。

「人が来る場所」と「人が暮らす場所」は違う

外国人観光客500万人という数字は、広島にとって間違いなくポジティブなニュースだ。だが、その数字に酔っている場合ではない。

観光客は来て、お金を使って、帰る。暮らしはしない。税金も払わない。子どもも産まない。「人が来る」ことと「人がいる」ことは、まったく別の話だ。

向原高校の閉校は、広島県の中山間地域で「人がいなくなる」プロセスが不可逆的な段階に入りつつあることを示している。高校がなくなり、若者が出ていき、地元企業が採用できなくなり、企業が撤退し、さらに人が減る。このサイクルが回り始めたら、観光客が何万人来ようが止められない。

広島県は今、2つの広島を抱えている。国際都市として輝く沿岸部と、静かに灯が消えていく中山間地域。この2つの広島をどうするのか。

県の政策として問われるのは、「観光客をもっと増やす」ことではなく、「観光で得た富を、県内でどう再配分するか」だ。観光税の導入、中山間地域への重点投資、デジタルインフラの整備——具体的な打ち手はある。問題は、それをやる意思があるかどうかだ。

で、結局どうすればいいのか

中山間地域の中小企業経営者に伝えたいことは3つ。

1つ目。観光に期待しすぎるな。 外国人観光客500万人の恩恵が届く範囲は限られている。自社の事業を観光依存にシフトするのはリスクが高い。

2つ目。「人が減る前提」で経営を再設計しろ。 向原高校の閉校は、採用市場がさらに縮むことを意味する。今いる社員の生産性を上げるためのデジタル投資は、もはや「やるかどうか」ではなく「いつやるか」の問題だ。月3〜5万円のクラウドツールで業務効率が1.5倍になるなら、やらない理由がない。

3つ目。「ここにしかない価値」を言語化しろ。 中山間地域の中小企業が持っている技術、ノウハウ、顧客関係は、東京の大企業には真似できないものが多い。それをちゃんと言葉にして、発信して、適正な対価を取る。AIを使えば、その発信コストは劇的に下がっている。以前なら外注で50万円かかったWebサイトのリニューアルが、今は5万円でできる時代だ。

500万人の観光客が来る広島と、20人の新入生が集まらない広島。この断層は、放っておけば広がる一方だ。だが、断層の「こちら側」にいる中小企業が、手をこまねいている必要はない。

技術でコストが下がった今こそ、小さい会社が動くべきタイミングだ。