株式会社TradeSupport

2026.04.15

千光寺ロープウェイ62万人、原爆資料館258万人——なのに尾道の「1人5,000円」が示す通過型観光の限界と、休耕畑スッポンという逆転の芽

62万人が来て、いくら落ちたのか

2023年度、千光寺ロープウェイの利用者数は61万9,339人。前年比1.42倍。数字だけ見れば絶好調だ。

同じ広島県で、原爆資料館は過去最多の258万人を記録した。広島県全体の外国人延べ宿泊者数も初めて200万人を突破し、うち欧米豪が半数以上を占める。インバウンドの追い風は確かに吹いている。

だが、ここで一つ問いたい。

「62万人が通過して、尾道にいくら残ったのか?」

尾道を訪れる観光客の1日あたり平均消費額は約5,000円とされる。広島市内の宿泊型観光客が1泊あたり2万〜3万円を落とすのと比べると、4分の1以下だ。62万人×5,000円=約31億円。悪くない数字に見えるかもしれないが、これはロープウェイ利用者全員が5,000円使った場合の最大値であり、実際にはロープウェイ往復(片道500円)とソフトクリーム1個で「尾道、行ってきた」が完結する人も少なくない。

尾道は「映える通過地点」になっている。滞在しない。泊まらない。食べない。買わない。人は来ているのに、街が潤わない。これが「稼げない観光地」の正体だ。

通過型観光の構造的な問題

なぜ尾道は通過されるのか。理由は明快だ。

1. 広島市から日帰り圏内であること
新幹線で約40分、車でも約1時間半。広島市内のホテルに泊まり、日帰りで尾道を回る旅程が成立してしまう。宿泊の動機が弱い。

2. 「見る観光」に偏っていること
千光寺、猫の細道、しまなみ海道の入口。どれも「見て、写真を撮って、帰る」で完結する。体験に時間を使わせる仕掛けが少ない。

3. 夜の滞在価値が設計されていないこと
飲食店の閉店時間は早く、夜景を楽しむ仕組みも乏しい。「夜まで居たい」と思わせる理由がない。

これは尾道だけの問題ではない。日本中の「日帰り観光地」が抱える構造的な病だ。鎌倉も、倉敷も、同じ壁にぶつかっている。人が来ること自体は悪くない。問題は「来た人からいくら稼げるか」という設計がないことだ。

休耕畑のスッポンが示す別の道

そんな尾道で、面白い動きがある。

休耕畑を転用したスッポン養殖だ。

尾道市内には、高齢化と後継者不足で放棄された農地が増え続けている。耕作放棄地率は広島県全体で約12%、中山間地域に限れば2割を超えるエリアもある。草が伸び放題の畑は、景観を損ない、獣害の温床にもなる。「負の資産」だ。

ここに目をつけた農家が、休耕畑の水はけの悪さを逆手に取り、スッポン養殖を始めた。

初期投資は約500万円。養殖池の造成、種苗の購入、水質管理設備が主な内訳だ。育成期間は約1年〜1年半。出荷時の卸値は1匹あたり3,000〜5,000円。1池で年間200〜300匹の出荷が見込めるとすれば、売上は年間60万〜150万円。単体では大きなビジネスとは言えない。

だが、ここで重要なのは「養殖そのもので儲ける」話ではないということだ。

スッポンは「滞在の理由」になりうる。

高級食材としてのスッポンは、料理単価が高い。スッポン鍋のコース料理は1人1万〜1万5,000円が相場だ。仮に「尾道スッポン」がブランドとして認知され、地元の料理店で提供されるようになれば、観光客の消費単価は一気に跳ね上がる。5,000円だった1日消費額が、夕食1回で2〜3倍になる計算だ。

さらに、養殖場の見学や餌やり体験を組み合わせれば、「体験型観光」のコンテンツにもなる。欧米豪の旅行者が好むのは、まさにこういう「その土地でしかできない体験」だ。寺を見るだけなら京都に行く。尾道にしかない体験があるから、尾道に泊まる。その設計ができるかどうかが勝負だ。

欧米豪比率の変化を、尾道はつかめるか

広島県の外国人宿泊者200万人超のうち、欧米豪が半数以上。これは数年前と比べて明らかな構造変化だ。

アジア圏の団体旅行客は「広島→宮島→次の都市」と高速で移動する。消費単価は低く、滞在時間は短い。一方、欧米豪の個人旅行客は真逆だ。平均滞在日数は長く、1泊あたりの消費額も高い。文化体験、地元の食、ローカルな暮らしに時間と金を使う。

この層を尾道に引き込めるかどうかが、次の5年を決める。

具体的に何が必要か。

① 宿泊施設の質と量の確保
尾道では空き家をリノベーションした小規模宿泊施設が増えている。1棟貸しの古民家宿は1泊2万〜4万円の価格帯で、欧米豪の旅行者との相性がいい。ただし、まだ数が足りない。繁忙期は満室で取れず、機会損失が起きている。空き家は山ほどあるのに、宿にできる人材と資金が足りない。ここに行政の補助や民間投資を集中させるべきだ。

② 「食」の滞在理由づくり
尾道ラーメンは知名度がある。だが、ラーメン1杯800円では滞在の理由にならない。スッポン、地魚、柑橘、ワイン——瀬戸内の食材ポテンシャルは高い。問題は「尾道でしか食べられない」というストーリーと、それを提供できる飲食店の層の薄さだ。料理人の誘致・育成まで含めた設計が要る。

③ 夜の経済圏の設計
日没後に観光客が使える場所がなければ、宿泊は増えない。ナイトクルーズ、夜の千光寺ライトアップ、バー文化の醸成。投資額は大きくなくていい。小さな仕掛けの積み重ねが、「もう1泊しよう」を生む。

中小企業にとっての本当の問い

尾道の話は、瀬戸内エリア全体、いや日本中の地方観光地に共通する構造だ。

観光客数を追いかけるフェーズは終わった。62万人来ても街が潤わないなら、数を追う意味はない。問われているのは「1人あたりいくら稼げるか」という単価の設計だ。

そしてこの設計は、大手旅行会社や行政だけの仕事ではない。むしろ、地元の中小企業こそが主役になれる領域だ。

スッポンを養殖する農家。空き家を宿に変えるリノベ事業者。地元食材でコース料理を出す小さな料理店。体験プログラムを組む地元ガイド。一つひとつは小さい。だが、これらが「泊まる理由」として束になったとき、観光地の収益構造は変わる。

大企業がチェーンホテルを建てても、尾道の問題は解決しない。「この街でしかできないこと」を作れるのは、その街で暮らし、商売をしている中小事業者だけだ。

注目すべき3つの数字

最後に、今後追いかけるべき数字を3つ挙げる。

1. 尾道市の観光客1人あたり消費単価の推移
現在の約5,000円がどう動くか。これが上がらない限り、何人来ても構造は変わらない。

2. 外国人宿泊者数に占める尾道のシェア
広島県全体で200万人超の外国人宿泊者のうち、尾道が何%を取れているか。現状では広島市と宮島に集中しており、尾道のシェアは極めて小さい。ここが動くかどうかが、戦略の成否を測る指標になる。

3. 休耕畑転用事業の件数と売上
スッポンに限らず、休耕畑を活用した新規事業がどれだけ生まれるか。農地の「負債」が「資産」に変わるスピードが、地域経済の底力を示す。

人が来ているのに稼げない。この矛盾を解くのは、派手な誘致キャンペーンではなく、「1人あたりの単価を上げる」という地味で具体的な仕事だ。そしてその仕事の担い手は、東京の大企業ではなく、尾道で商売をしている中小企業にほかならない。