株式会社TradeSupport

2026.05.05

中東危機で広島企業8割が「マイナス影響」——電気・鉄・油、三方向コスト増の現場で何が起きているか

結論から言う。広島の中小企業は「三方向コスト増」の直撃を受けている

中東の地政学リスクが、遠い話だと思っている経営者がいたら、今すぐ認識を改めたほうがいい。

東京商工リサーチの調査で、広島県内企業の約8割が事業活動に「マイナスの影響がある」と回答した。8割だ。これはもう一部の業種の話ではない。電気代、鉄鋼材料費、石油関連コスト——この3つが同時に上がるという「三方向コスト増」が、広島の産業構造を根元から揺さぶっている。

問題の本質はシンプルだ。売上は増えないのに、コストだけが上がる。 利益が削られ、投資余力が消え、人を雇う体力がなくなる。中小企業にとって、これは「経営が苦しい」というレベルの話ではなく、事業継続の判断を迫られるフェーズに入りつつある。

現場を歩いて見えてきた、観光・製造・農業の3セクターのリアルを報告する。

観光業:外国人客3割減、しかし本当の問題はそこじゃない

宮島、平和記念公園、尾道——広島のインバウンド観光は近年好調だった。が、中東情勢の緊迫化で状況が一変している。

広島市内の観光事業者への取材によると、外国人観光客が直近1ヶ月で約30%減少。中東・欧州方面からの割安航空便の欠航が直接的な原因だ。ある宮島エリアの観光施設では、外国人客のキャンセルだけで月100万円の減収。宿泊業でも月50万円単位の売上減が複数報告されている。

ただ、正直に言う。外国人客の減少は、今回の危機で最も深刻な問題ではない。

本当に痛いのは、裏側のコスト増だ。観光施設の空調・照明にかかる電気代、送迎バスの燃料費、食材の仕入れコスト——すべてが上がっている。ある旅館経営者は「売上が2割落ちて、コストが1.5割上がった。差し引きで利益はほぼゼロ」と語った。

売上減とコスト増のダブルパンチ。これが観光業の現場で起きていることだ。

では、「国内客を増やせばいい」という話になる。実際、県内の観光事業者の多くが国内向けプロモーションを強化し始めている。だが、冷静に考えてほしい。国内客の客単価はインバウンド客の6〜7割程度というのが業界の相場感だ。数を増やしても、単価が下がれば売上の穴は埋まらない。

本質的な問いはこうだ。「インバウンド依存の収益構造のまま、次の危機にも耐えられるのか?」

答えはNoだろう。客単価を上げる体験型コンテンツの開発、繁閑差を吸収するサブスクリプション型の会員制度、地元リピーターの囲い込み——外部環境に振り回されない収益基盤を、平時のうちに作れるかどうかが勝負になる。

製造業:月45万円のコスト増、価格転嫁できない企業から倒れる

広島は製造業の街だ。自動車関連、造船、鉄鋼加工——瀬戸内の産業集積は、日本のものづくりの心臓部のひとつと言っていい。

その心臓部が、今、酸欠状態にある。

調査では約60%の製造業者が「コスト増により利益が圧迫されている」と回答。取材した従業員30名規模の金属加工業者のケースが象徴的だ。

年間540万円。従業員30名の中小企業にとって、これは正社員1人分の人件費に相当する。つまり、何もしなければ「1人分の雇用が消える」計算だ。

ここで構造的な問題が浮かぶ。価格転嫁できるかどうかだ。

大企業の下請けとして仕事を受けている中小製造業者は、コスト増を製品価格に転嫁しにくい。「値上げを言い出したら、次の発注がなくなるかもしれない」——この恐怖が、経営者の口を閉ざす。結果、コスト増をすべて自社で吸収し、利益率が数ポイント下がり、赤字転落するケースが出始めている。

一方で、自社製品を持っている企業や、特定技術で代替が利かないポジションにいる企業は、比較的価格転嫁がしやすい。「下請け構造の中にいるか、外にいるか」で、同じコスト増でもダメージがまったく違う。

この危機が教えているのは、「コストが上がったからどうするか」という短期の話ではない。「自社の価格決定権をどう確保するか」という、中小製造業の根本的な経営課題だ。

AIや自動化による生産効率の改善は当然やるべきだが、それだけでは足りない。自社ブランド製品の開発、技術の希少性を高める投資、取引先の分散——コスト増を「きっかけ」にして、下請け依存構造そのものを見直す企業が、5年後に生き残る。

農業:肥料月5万円増、しかも輸出価格は下落という地獄

広島の農業も無傷ではいられない。県内農家の約70%が「中東情勢が農業経営に影響を与えている」と回答している。

影響は二方向から来ている。

①コスト増: 肥料代が月約5万円増、農薬代が月約3万円増。合計で月8万円、年間約100万円のコスト増。個人農家にとって年100万円の追加コストは、そのまま所得の減少を意味する。

②輸出収入の減少: 中東・アジア向けの農産物輸出が、物流コスト増と需要減で縮小。広島県産のレモンや柑橘類は近年輸出が伸びていたが、ここに来てブレーキがかかっている。

コストは上がり、売上は下がる。観光業と同じダブルパンチだ。

ただ、農業には観光や製造業にはない構造的な弱点がある。価格転嫁のスピードが極端に遅いことだ。農産物の価格は市場や流通に左右され、「来月から値上げします」が通用しない。コスト増が発生してから、それが農産物価格に反映されるまでに半年〜1年のタイムラグがある。その間、農家は赤字を垂れ流すことになる。

対策として「地元市場への販売強化」を挙げる声が多いが、これも冷静に見る必要がある。地元直売所やJA経由の販売は、単価が低い。輸出で得ていた利幅を、国内販売で補うのは容易ではない。

では、どうするか。

短期的には、肥料の共同購入やコスト分散の仕組みづくりが現実的だ。JA単位ではなく、エリアを超えた広域連携で購買力を高める動きが一部で始まっている。

中長期的には、加工品へのシフトが鍵になる。生鮮品は価格転嫁が難しいが、加工品なら自分で値付けができる。広島レモンのジャム、瀬戸内柑橘のドライフルーツ——6次産業化は以前から言われてきたが、「やるかやらないか」の判断を、今回のコスト増が強制的に迫っている。

共通する構造:「外部依存のコスト構造」がリスクそのもの

観光、製造、農業——3つのセクターに共通しているのは、外部環境の変動に対して自社でコントロールできる領域が小さすぎるということだ。

この構造を放置したまま「柔軟な経営戦略を」と言っても、それはただの精神論だ。

中小企業がやるべきことは明確だ。「自分で決められる領域」を1つでも増やすこと。

どれも目新しい話ではない。だが、「いつかやろう」と先送りしてきた企業と、すでに動いている企業の差が、今回の危機で残酷なほど可視化されている。

最後に:この危機は「次の危機の予行演習」だ

厳しいことを言う。中東情勢は今回が最後ではない。エネルギー価格の乱高下、地政学リスクによるサプライチェーンの寸断——これは今後、繰り返し起きる「常態」になる。

今回の危機で年間数百万円の損失を出した企業が、同じ構造のまま次の危機を迎えたらどうなるか。答えは明らかだろう。

広島の中小企業にとって、今回の中東危機は「被害を受けた話」で終わらせてはいけない。「次に同じことが起きたとき、うちは耐えられるか?」——この問いに、今日から向き合えるかどうかが、3年後の生死を分ける。

まずは、自社のコスト構造を分解するところから始めてほしい。電気代、材料費、物流費、人件費——どこが外部環境に依存していて、どこを自分でコントロールできるか。その仕分けが、すべての出発点になる。