
マツダ依存率70%——この数字が意味する本当のリスク
マツダが中東向け車両の生産を一時停止した。ホルムズ海峡の緊張が直接の原因だ。マツダ本体にとっては、生産計画の一部修正で済む話かもしれない。だが、瀬戸内に散らばる部品サプライヤーにとっては、事情がまったく違う。
広島・山口・岡山にかけての瀬戸内エリアには、マツダの一次・二次サプライヤーが数百社ある。その中には、売上の70%以上をマツダ向けが占める企業が珍しくない。月間数千台の生産が止まれば、部品の発注も止まる。受注が止まれば、資金繰りが詰まる。中小企業にとって、これは「経営戦略の見直し」などという悠長な話ではない。来月の給料が払えるかどうかの問題だ。
今回の生産停止をきっかけに、瀬戸内サプライチェーンの構造的な脆さと、中小製造業が本気で考えるべきリスク分散について、現場目線で掘り下げる。
ホルムズ海峡封鎖——なぜマツダが直撃されるのか
まず背景を整理する。イラン情勢の悪化により、ホルムズ海峡が事実上の封鎖状態に近づいている。世界の石油輸送の約20%、LNG輸送の約25%がこの海峡を通過する。封鎖されれば、原油価格は急騰し、物流コストが跳ね上がる。
マツダにとっての問題は2つある。第一に、中東市場への完成車輸送ルートが使えなくなること。第二に、仮に生産しても届けられない車両の在庫コストが発生すること。マツダは合理的に判断して、サウジアラビア、UAE、イスラエルなど中東向けの生産を6月まで一時中止する決定を下した。
マツダの中東向け販売は、グローバル販売台数(年間約120万台)の中では比率が大きくない。だが、問題はそこではない。生産ラインは「中東向け」だけを作っているわけではなく、複数の仕向地向けが混在している。一部の仕向地向け生産が止まることで、ライン全体の稼働率が下がる。稼働率が下がれば、部品の発注量も減る。ここが、サプライヤーに波及するメカニズムだ。
瀬戸内サプライチェーンの「集中リスク」
瀬戸内エリアのマツダ系サプライヤーの実態を見てみよう。
広島県内だけで、マツダの一次サプライヤーは約150社。二次、三次を含めると、関連企業は数百社に及ぶ。従業員数で見れば、広島県の製造業就業者の相当数がマツダ関連だ。
問題は「依存度」だ。一次サプライヤーの中には、売上の50〜80%がマツダ向けという企業がゴロゴロいる。ある東広島市のエンジン部品メーカーは、売上約8億円のうち70%がマツダ向け。つまり約5.6億円がマツダの発注次第で増減する。今回の生産停止で、月あたり数千万円の受注が消える可能性がある。
「マツダさんが咳をすれば、うちは肺炎になる」——ある二次サプライヤーの社長がかつて言った言葉だ。この構造は、何十年も変わっていない。
もちろん、マツダとの取引は安定的で、品質要求が高い分、技術力も磨かれる。悪い関係ではない。だが、1社依存のリスクは、今回のような地政学的ショックで一気に顕在化する。コロナ禍の半導体不足でも同じことが起きた。学んだはずなのに、構造は変わっていない。
「取引先を増やせ」は正論だが、現実は甘くない
「リスク分散のために取引先を多様化すべきだ」——これは正論だ。だが、現場の実態を知る者からすれば、言うほど簡単ではない。
まず、自動車部品の品質認証には時間がかかる。トヨタやホンダのサプライヤーになるには、品質監査だけで1〜2年。量産開始までにさらに1〜2年。つまり、今日決断しても、売上に反映されるのは3〜4年後だ。来月の資金繰りには間に合わない。
次に、営業リソースの問題。従業員50人規模の部品メーカーで、営業担当は1〜2人というケースが多い。マツダとの日常的なやり取りだけで手一杯で、新規開拓に割ける時間がない。
では、どうするか。現実的な選択肢を3つ挙げる。
中小製造業が「今日から」できる3つのこと
1. 自動車以外の業界に「既存技術」を横展開する
自動車部品で培った精密加工技術は、医療機器、半導体製造装置、建設機械など、他業界でも需要がある。実際、広島県内のある切削加工メーカーは、コロナ禍をきっかけに医療機器部品の受注を開始し、現在は売上の20%を占めるまでに成長した。初期投資はほぼゼロ。既存の設備と技術で対応できた。
ポイントは、「何を作れるか」ではなく「どんな加工ができるか」で自社を定義し直すことだ。エンジン部品メーカーではなく、「アルミの精密切削ができる会社」。こう再定義するだけで、営業先の幅が一気に広がる。
2. 自社製品を1つ持つ
下請け100%の構造から脱却するために、自社製品を持つ。これは理想論に聞こえるかもしれないが、今はハードルが劇的に下がっている。
3Dプリンターで試作品を作り、クラウドファンディングで市場の反応を見る。BASEやShopifyでECサイトを立ち上げる。これらのコストは、10年前なら数百万円かかったものが、今は数万円で始められる。
呉市のある金属加工会社は、工場で出る端材を使ったキャンプ用品を自社ブランドで販売し始めた。月の売上はまだ50万円程度だが、「マツダ以外の売上がある」という事実が、経営者の精神的な余裕を生んでいるという。
3. 受注が減った「今」を設備メンテナンスと人材育成に使う
生産が止まっている期間を「損失」と捉えるか、「投資期間」と捉えるか。ここが経営者の分かれ目だ。
設備の定期メンテナンスは、通常の稼働中にはなかなかできない。今がチャンスだ。また、若手社員に多能工化の研修を受けさせる、品質管理の資格を取らせる——こうした人材投資は、次の受注回復期に確実に効いてくる。
広島県の中小企業向け研修補助金(上限20万円)や、ものづくり補助金(上限1250万円)など、活用できる制度は複数ある。申請の手間はかかるが、受注が減って時間がある今こそ、手を動かすべきだ。
「マツダがいるから安心」の時代は終わった
マツダは広島の誇りだ。そして、瀬戸内の製造業エコシステムの中心にいることは、今後も変わらないだろう。だが、「マツダがいるから大丈夫」という思考停止は、もう許されない。
ホルムズ海峡の緊張は、今回限りの話ではない。EV化の波、中国メーカーの台頭、為替変動——マツダ自身が大きな構造変化の渦中にいる。マツダが変わるなら、サプライヤーも変わらなければならない。
今回の生産停止は、短期的には痛い。だが、これを「うちも変わらなきゃ」と動き出すきっかけにできるかどうか。瀬戸内の中小製造業の未来は、この数ヶ月の判断にかかっている。
来月の受注が戻るのを待つか、来年の自分を変えるために今日動くか。答えは明白だと思う。
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