株式会社TradeSupport

2026.06.03

プレミアム商品券は売れ残り、特殊詐欺には22億円が流れる——広島市民の「お金の動線」が壊れている

結論から言う。広島市で「正規のお金の流れ」が機能不全を起こしている

広島市が発行したプレミアム付き商品券の申し込みが低調で、申込期間の延長を余儀なくされている。一方、2024年の広島県内の特殊詐欺被害額は4月末時点で約22億円。前年同期比で約6億円の増加だ。

この2つの数字を並べたとき、見えてくるのは単なる「商品券が不人気」「詐欺が増えた」という個別の話ではない。行政が用意した「正しいお金の流れ」には乗らず、詐欺師が仕掛けた「偽のお金の流れ」には数十億円が吸い込まれているという構造の問題だ。

広島市民のお金の動線が、根本から壊れている。

プレミアム商品券が届かない——「お得」だけでは人は動かない

プレミアム付き商品券の仕組み自体はシンプルだ。たとえば1万円で1万2000円分の商品券が買える。プレミアム率20%なら、使えば確実に得をする。理屈の上では「申し込まない理由がない」はずだ。

それでも申し込みが低調なのはなぜか。

いくつかの仮説がある。

第一に、申し込みの手間とリテラシーの壁。 紙の申込書を書いて郵送する、あるいはオンラインで手続きする。高齢者にとってはどちらもハードルが高い。特にデジタル商品券の場合、スマホ操作に不慣れな層は最初から対象外になる。つまり「届けたい層に届かない設計」になっている可能性がある。

第二に、使える店舗の問題。 商品券が使えるのは加盟店に限られる。日常的に使うスーパーやドラッグストアが加盟していなければ、2000円のプレミアムのために行動を変える動機にはならない。「お得だけど面倒」は、人を動かさない。

第三に、そもそも「消費に回す余裕がない」層が増えている。 1万円を出して1万2000円分の商品券を買う。この「先に1万円を出す」という行為自体が、生活に余裕のない世帯にとっては負担だ。プレミアム商品券は「余裕のある人がさらに得をする仕組み」になりがちで、本当に消費を喚起したい層には届きにくい。

これは広島市だけの問題ではない。全国の自治体がプレミアム商品券を発行しているが、「発行すれば地域経済が回る」という前提そのものを疑う時期に来ている。

22億円の特殊詐欺——なぜ「偽の動線」にはお金が流れるのか

一方で、特殊詐欺には巨額のお金が流れている。広島県内で4月末までに約22億円。前年同期の約16億円から37.5%の増加だ。

この数字の意味を考えてみてほしい。広島市のプレミアム商品券の予算規模と比較すれば、詐欺被害額がいかに巨大かがわかる。行政が「使ってください」と差し出したお金には手が伸びず、詐欺師が「今すぐ振り込んでください」と言えば数百万円単位で動く。

なぜか。

詐欺師のほうが「届ける技術」に長けているからだ。

特殊詐欺の手口は年々巧妙化している。電話一本で相手の不安を煽り、「今すぐ行動しなければ大変なことになる」と切迫感を演出する。被害者の多くは高齢者だ。警察庁のデータによれば、特殊詐欺被害者の約8割が65歳以上。孤立しがちで、相談相手が少なく、判断を急がされると冷静さを失いやすい層が狙われている。

ここに構造的な皮肉がある。行政の施策は「届ける力」が弱く、詐欺師は「届ける力」が強い。 商品券の案内は広報紙やウェブサイトに載せて「待ち」の姿勢。詐欺師は電話で直接アプローチし、心理的に追い込み、即座に行動させる。どちらが「顧客接点」として強いかは明白だ。

「届ける力」の格差——中小企業にとっても他人事ではない

この構造は、地方の中小企業が直面している課題と本質的に同じだ。

良い商品やサービスを持っていても、届ける力がなければ売れない。一方で、中身が怪しくても「届ける力」が強ければ人は動く。SNS広告で怪しいサプリが売れ、地元の老舗の良い商品が埋もれる。この構図と、商品券と詐欺の構図は同じだ。

地方の中小企業にとっての教訓は明確だ。「良いものを作れば売れる」時代は終わっている。届ける仕組みの設計こそが勝負を分ける。

そしてここにAIやデジタルツールの出番がある。たとえば、顧客リストに対してパーソナライズされたメッセージを自動で送る仕組み。以前なら外注で数十万円かかったものが、今は月額数千円のツールで実現できる。コストが100分の1になったとき、中小企業でも「届ける力」を持てるようになる。

行政も同じだ。商品券の案内を広報紙に載せて終わりではなく、対象世帯に直接届ける仕組みを設計すべきだ。高齢者には紙のダイレクトメールと電話フォロー、現役世代にはLINEやアプリでのプッシュ通知。届け方を変えるだけで、申込率は大きく変わるはずだ。

広島市の人口動態が根っこにある

もう一つ、見逃せない背景がある。広島市の転出超過だ。

広島市は政令指定都市でありながら、近年は転出超過が続いている。特に20代の若年層の流出が顕著だ。総務省の住民基本台帳人口移動報告によれば、広島市は2023年に約2,000人の転出超過を記録している。

若い世代が抜けるとどうなるか。地域の消費力が落ちる。商品券を買う層が減る。そして残された高齢者の孤立が深まり、詐欺のターゲットになりやすくなる。人口流出→消費低迷→高齢者の孤立→詐欺被害の増加。この負の連鎖が、商品券の低調と詐欺22億円の背景にある。

若年層が流出する理由は明確だ。求人の質と量の問題。広島市の有効求人倍率は全国平均を上回っているが、「選ばれる求人」があるかどうかは別の話だ。給与水準、キャリアパス、働き方の柔軟性——東京・大阪と比較されたとき、広島を選ぶ積極的な理由を提示できているか。

ここでも中小企業の役割は大きい。広島市の雇用の大半を支えているのは中小企業だ。中小企業が魅力的な職場になれば、若年層の流出は止まる。逆に言えば、中小企業の変革なくして広島市の人口問題は解決しない。

で、結局どうすればいいのか

3つの打ち手を提示する。

1. 行政は「届ける設計」を根本から見直すべきだ。
プレミアム商品券に限らず、あらゆる施策で「対象者に届いているか」を検証する仕組みが必要だ。申込率、利用率、属性別の分析。データを取って改善するサイクルを回す。民間のマーケティング手法を行政に持ち込む発想が要る。

2. 詐欺対策は「防御」だけでなく「接点の再設計」で考える。
高齢者が詐欺に引っかかるのは、詐欺師が「唯一の接点」になっているからだ。地域のコミュニティ、民生委員、商店街、中小企業——高齢者との接点を持つプレイヤーが連携して「見守りネットワーク」を機能させる。テクノロジーを使えば、異常な出金パターンを検知して家族に通知する仕組みも低コストで作れる時代だ。

3. 中小企業は「届ける力」への投資を最優先にすべきだ。
良い商品を作ることに全力を注いできた企業ほど、届ける力が弱い。AIツールを使ったマーケティング自動化、SNS運用、顧客管理——月額数千円から始められるものは山ほどある。まず小さく実験する。300万円のシステム導入ではなく、5万円で始められることから手をつける。

注目すべき数字

今後、以下の数字を追いかけていく。

数字は嘘をつかない。広島市民のお金の動線が正常に戻るかどうかは、これらの指標に表れる。

商品券が売れ残り、詐欺に22億円が流れる。この現実を「仕方ない」で片付けるのか、構造を変える契機にするのか。答えは、行政と企業と市民、それぞれの「次の一手」にかかっている。