結論から言う。広島の産業インフラが壊れ始めている
ピノを作っていた広島森永乳業が解散。林運送がダイセーエブリーに買収。広島高速の料金体系も見直し——。
これらは別々のニュースに見えるが、根っこは同じだ。広島から「製造」と「物流」という産業の土台が、静かに、しかし確実に抜け落ちている。
この構造変化を「大企業の話でしょ」と他人事にしている中小企業は、近いうちに痛い目を見る。なぜか。工場が消えれば、その周辺にあった部品調達網も、配送ルートも、雇用の受け皿も一緒に消えるからだ。
広島森永乳業の解散——「ピノが消えた」では済まない話
広島森永乳業は2024年3月末で生産を終了し、同年9月に解散を発表した。広島市安芸区の工場で長年「ピノ」などのアイスクリームを製造してきた拠点がなくなった。
注目すべきは、これが単なる一社の撤退ではないという点だ。
製造拠点が一つ消えると、何が起きるか。原材料の仕入先、包装資材の納入業者、設備メンテナンス会社、清掃業者、社員食堂の運営会社——。一つの工場の周囲には、数十社の中小企業がぶら下がっている。工場の年間売上が数十億円規模であれば、その波及効果は地域全体で見ると軽く倍以上になる。
雇用面でも影響は大きい。工場の直接雇用だけでなく、関連する取引先を含めれば、数百人単位の仕事が地域から消える計算だ。広島県の有効求人倍率は2024年時点で1.3倍台と全国平均並みだが、製造業の求人は減少傾向にある。吸収先がないまま雇用が失われれば、地域の消費も確実に冷え込む。
しかも、これは広島だけの話ではない。森永乳業は全国的に生産拠点の集約を進めている。地方の工場を閉めて、関東・関西の大規模拠点に統合する。効率化の名のもとに、地方から製造機能が吸い上げられている構造だ。
問いたい。この流れは「仕方ない」で済ませていいのか。
林運送の買収——地場物流が全国資本に飲み込まれる意味
もう一つの大きな動きが、ダイセーエブリー二十四(大阪本社)による林運送の買収だ。
林運送は広島地場の物流会社で、地域の中小企業にとっては「小回りの利く配送パートナー」だった。大手が嫌がる小ロット配送、急な時間変更への対応、顔の見える関係での融通——こうした「地場物流ならではの価値」が、買収によってどうなるか。
全国資本の物流会社に統合されると、まず起きるのはオペレーションの標準化だ。効率は上がるかもしれない。だが、標準化とは「例外対応を切り捨てる」ことでもある。
中小企業にとって、物流の「例外対応」こそが生命線だったりする。「明日急ぎで10ケースだけ届けてほしい」「伝票のフォーマットが違うけど対応してほしい」——こういう相談ができる物流会社が、地方にはどれだけ残っているか。
2024年問題(トラックドライバーの時間外労働規制)も重なり、物流コストは全国的に上昇している。国交省の調査では、2023年度のトラック運送の運賃は前年比で平均5〜8%上昇した。広島のような地方都市では、配送先が分散しているぶん、コスト上昇の影響がより大きい。
地場の物流会社が消えるということは、中小企業にとって「コストが上がる」だけでなく、「選択肢が減る」ということだ。 選択肢が減れば交渉力も失う。これは経営の根幹に関わる。
広島高速の料金見直し——じわじわ効いてくるコスト増
広島高速5号線(東部線)の開通が予定されている。広島駅周辺と東部を結ぶこの路線は、都市部のアクセス改善には寄与するだろう。しかし、問題は料金体系の見直しだ。
現行の広島高速は均一料金制だが、新路線の追加に伴い、距離制や区間別料金への移行が議論されている。仮に距離制に移行すれば、長距離を走るトラック輸送のコストは確実に上がる。
現場の運送業者に聞くと、「広島市内の配送で1回あたり数百円の差でも、月に数百回走れば数万円、年間で数十万円の差になる」という声がある。中小の運送業者にとって、年間数十万円のコスト増は利益を吹き飛ばすレベルだ。
そしてそのコストは、最終的に荷主である中小企業に転嫁される。製造業なら原価に、小売業なら仕入れ値に乗ってくる。消費者価格にも跳ね返る。
森永の撤退、林運送の買収、高速料金の見直し——。この3つは、広島の中小企業にとって「製造コスト増」「物流コスト増」「インフラコスト増」のトリプルパンチだ。
で、中小企業はどうすればいいのか
「大変だ」で終わらせても意味がない。具体的に何ができるか。
1. 調達先の「見える化」と分散
まず、自社のサプライチェーンを棚卸しすること。仕入先が1社に集中していないか。物流を1社に依存していないか。依存先が買収・撤退したら、翌月から回らなくなるリスクはないか。
この棚卸し、以前なら外部コンサルに頼めば100万円以上かかった。今はAIツールを使えば、自社の発注データを読み込ませて依存度分析をかけるだけなら数万円、場合によっては無料でできる。まずここから始めるべきだ。
2. 物流の共同化
中小企業1社では物流コストの交渉力がない。だが、同じエリアの中小企業5社、10社で荷物をまとめれば話は変わる。共同配送、共同倉庫、共同仕入れ——。
実際に、愛媛県今治市のタオルメーカー数社が共同物流を組んで、1社あたりの配送コストを約30%削減した事例がある。瀬戸内エリアにはこうした「同業種の集積」がある。造船、食品加工、繊維——。やれる余地は大きい。
3. 「地方だからこそ」の製造回帰を仕掛ける
大企業が工場を閉めて出ていくなら、その跡地や人材を中小企業が拾えばいい。
森永が去った後の工場設備、熟練工、取引ネットワーク——これらは「遊休資産」になる。中小企業がこれを活用して、小ロット・高付加価値の製造を始めるチャンスでもある。大企業には採算が合わない「月産1,000個」の世界は、中小企業の独壇場だ。
D2C(消費者直販)の物流コストも、10年前と比べれば劇的に下がっている。自社ECサイトの構築費用は、かつて300万円かかったものが今は月額数千円のサービスで立ち上がる。広島の食品メーカーが自社ブランドで全国に売る——その障壁は、かつてないほど低くなっている。
4. データで「次に消える拠点」を予測する
森永の撤退は突然に見えたかもしれないが、兆候はあった。生産量の減少、設備投資の停滞、人員の自然減——。こうしたデータを追っていれば、少なくとも「次にどの取引先が危ないか」は見えてくる。
取引先の決算データ、業界の統計、求人情報の増減——。これらをウォッチするだけでも、リスクの早期発見はできる。AIを使えば、複数のデータソースを横断的に分析して、リスクスコアを自動算出することも今は可能だ。月額数千円のBIツールで十分できる。
本当に問うべきこと
広島から工場と物流が消えている。これは事実だ。
だが、本当に問うべきは「なぜ消えるのか」ではない。「消えた後に、誰がその空白を埋めるのか」だ。
大企業が効率化の名のもとに地方から撤退する。その跡に残るのは、空白と、そこに残る人と技術だ。この空白を埋められるのは、実は地場の中小企業しかいない。
大企業のように全国最適化はできない。だが、地域最適化ならできる。小ロットで、顔の見える距離で、素早く動く。これは中小企業の本来の強みだ。
森永が去り、林運送が買収され、高速料金が上がる。コストは確実に上がる。だからこそ、今までと同じやり方では生き残れない。
「このままでいいのか」——この問いに正面から向き合える中小企業だけが、次の10年を生き残る。
広島の産業インフラが壊れ始めている今こそ、中小企業が動くタイミングだ。待っていても、誰も助けてくれない。まず、自社のサプライチェーンを今週中に棚卸しすること。それが最初の一歩だ。
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