広島のバスを動かしているのは、もう日本人だけじゃない
結論から言う。広島の公共交通・介護・防災は、すでに外国人なしでは回らないフェーズに入った。
広島交通がインドネシア人をバス運転手として採用した。広島市が外国人介護職員向けに「広島弁ハンドブック」を作った。江田島では外国人技能実習生に防災講座を開いている。どれもバラバラのニュースに見えるが、構造は同じだ。「日本人だけでは現場が維持できない」という事実が、交通・介護・防災という生活インフラの根幹で同時に表面化している。
きれいごとの「多文化共生」を語りたいわけじゃない。問いたいのはこっちだ。外国人に頼るコスト構造は、中小企業にとって本当にペイするのか? そしてペイさせるには何が必要なのか。
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バス運転手:1人300万円の「採用投資」は回収できるか
広島交通が特定活動の在留資格でインドネシア出身の運転手2名を採用した。全国初級の事例として注目されているが、背景にあるのは深刻な数字だ。
広島県バス協会のデータによれば、県内のバス運転手数はこの5年で約10〜15%減少した。コロナ禍で離職が加速し、回復していない。結果、広島交通を含む複数の事業者が減便を余儀なくされている。路線バスの減便は、通勤・通学・通院に直撃する。特に高齢化が進む中山間地域では、バスが止まれば生活が止まる。
外国人運転手の採用コストは、1人あたり約300万円と言われる。内訳は、日本語教育(N3〜N2レベルまで約80〜100万円)、大型二種免許の取得支援(教習費用約40〜50万円)、渡航・ビザ関連費用(約30万円)、入社後のOJT・研修期間中の人件費(約100万円超)。合計すると250〜350万円のレンジだ。
では、この300万円は回収できるのか。
バス運転手の年収は広島で350〜450万円程度。日本人を中途採用する場合でも、人材紹介会社経由なら紹介料で年収の20〜30%、つまり70〜135万円がかかる。しかも、そもそも応募がない。ハローワークに出しても来ない。求人広告を打っても反応がない。「日本人採用のコスト」は金額だけでなく、「採用できないことによる機会損失」で測るべきだ。
1路線を減便すると、年間の運賃収入減は数百万円規模になる。さらに、自治体からの補助金の算定にも影響する。つまり、300万円で運転手を1人確保し、路線を維持できるなら、投資回収は1〜2年で可能という計算が成り立つ。
ただし、条件がある。定着率だ。1年で辞められたら赤字。3年いてくれて初めてペイする。ここが最大のリスクであり、最大の経営課題になる。
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介護:広島弁ハンドブックが映す「言葉の壁」の実コスト
広島市が製作した外国人介護職員向けのハンドブックは、一見すると「ほのぼのニュース」に見える。だが、これは現場の切実な声から生まれたものだ。
介護現場では、利用者の多くが高齢者で、標準語ではなく方言で話す。「たいぎい(しんどい)」「はぶてる(すねる)」「いたしい(苦しい)」——これらが聞き取れないと、体調の変化を見逃す。命に関わる。
広島県の介護職員の有効求人倍率は3倍を超えている。つまり、求職者1人に対して3件以上の求人がある。日本人だけでは埋まらない。県内の介護施設で働く外国人は年々増加しており、EPA(経済連携協定)、技能実習、特定技能を合わせると、すでに数百人規模に達している。
外国人介護職員の採用・育成コストは、1人あたり200〜300万円。送り出し機関への手数料、日本語教育、介護技術研修、来日後の生活支援。ハンドブック制作のような追加コストも積み上がる。
では、このコストに見合うのか。
介護職員が1人欠けると、夜勤シフトが組めなくなる。シフトが組めなければ、受け入れ利用者数を減らすしかない。特別養護老人ホームの場合、利用者1人あたりの月額介護報酬は約25〜30万円。利用者を5人減らせば、年間で1,500〜1,800万円の減収だ。人が足りないことの損失は、採用コストの数倍になる。
だから問題は「外国人を入れるか入れないか」ではない。「入れた後、どうやって3年、5年と定着させるか」だ。広島弁ハンドブックは、そのための地味だが本質的な投資と言える。
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江田島の防災講座:外国人が「住民」になるコスト
江田島市は人口約2万2,000人の島だが、外国人技能実習生が約600〜700人暮らしている。人口比で3%を超える。全国平均の約2.5%を上回り、地域によっては住民の10人に1人が外国人という集落もある。
ここで開催されている防災講座は、地震・津波・土砂災害への備えを多言語で教えるものだ。1回あたりの開催コストは約10〜15万円(講師派遣、通訳、教材費)。年に数回開催しても、総額は100万円に届かない。
この数字だけ見ると「安い」と思うかもしれない。だが、本質はコストの多寡ではない。外国人を「労働力」としてだけ見るか、「地域の住民」として受け入れるかの分岐点がここにある。
2018年の西日本豪雨で、広島県は甚大な被害を受けた。死者100人以上。あのとき、避難情報を理解できなかった外国人住民がいた。避難所での言語対応も不十分だった。災害時に外国人が取り残されれば、救助コストも跳ね上がる。
防災講座は「福祉」ではなく「リスクマネジメント」だ。年間100万円の防災教育で、災害時の混乱コストを数千万円単位で抑えられる可能性がある。しかも、防災講座を通じて地域住民と外国人の接点が生まれ、日常のコミュニケーションコストも下がる。安い投資で複数のリターンが取れる構造になっている。
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損益分岐点は「定着3年」——中小企業が考えるべきライン
ここまでの数字を整理する。
| 分野 | 1人あたり採用・育成コスト | 人材不在による年間損失 | 損益分岐の目安 |
|---|---|---|---|
| バス運転手 | 約300万円 | 路線減便で数百万〜1,000万円超 | 定着2〜3年 |
| 介護職員 | 約200〜300万円 | 利用者減で1,000万円超 | 定着2〜3年 |
| 防災教育 | 年間100万円以下 | 災害時対応コスト数千万円 | 初年度から効果 |
共通するのは、「採用コスト」より「人がいないことのコスト」のほうが圧倒的に大きいということだ。
そして、投資を回収するための最低ラインは「定着3年」。ここが中小企業にとっての生命線になる。
定着率を上げるために何が必要か。給与や福利厚生はもちろんだが、それだけでは足りない。外国人材が「ここに居続けたい」と思う理由は、待遇だけではなく「居場所があるかどうか」だ。広島弁ハンドブックも、防災講座も、その「居場所づくり」の一部だと捉えるべきだろう。
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で、中小企業はどうすればいいのか
大企業なら、専門の人事部門が外国人採用を設計できる。送り出し機関との交渉、ビザ手続き、研修プログラムの構築——すべて内製できる体力がある。
中小企業にはそれがない。だからこそ、「自社単独でやらない」という選択が重要になる。
具体的には3つ。
1. 地域の協同組合・監理団体を使い倒す。 技能実習や特定技能の受け入れには監理団体が必須だが、「手続き代行屋」としてではなく、教育・定着支援のパートナーとして選ぶべきだ。手数料の安さだけで選ぶと、定着率で痛い目を見る。
2. 自治体の支援制度を把握する。 広島県や各市町には、外国人材の受け入れに関する補助金・助成金がある。日本語教育、住居支援、生活オリエンテーション。使えるものは全部使う。知らないだけで損をしている中小企業は多い。
3. 「日本人と同じ扱い」を徹底する。 これは精神論ではなく、経営合理性の話だ。外国人だけ別扱いにすると、職場に分断が生まれ、日本人社員の離職にもつながる。同じ評価制度、同じキャリアパス。これが結果的に定着率を上げ、採用コストの回収を早める。
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直視すべき現実
「外国人に頼るのは一時的な措置だ」と思いたい気持ちはわかる。だが、数字はそう言っていない。
広島県の生産年齢人口は2020年の約163万人から、2040年には約130万人まで減る予測だ。20年で30万人以上減る。バスの運転手も、介護職員も、工場の作業員も、農業の担い手も——日本人だけでは足りない時代が、すでに来ている。
「外国人が回す広島」は、ネガティブな話ではない。コスト構造を直視し、投資として設計すれば、中小企業の生存戦略になる。 逆に、「なんとなく」で受け入れれば、コストだけかかって人は定着せず、現場が疲弊する。
このままでいいのか、と問いたい。答えは明らかだ。このままではもたない。だからこそ、感情論ではなく数字で考え、仕組みで解く。それが、外国人材活用における中小企業の唯一の勝ち筋だ。
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