たかが1円。されど年間182万円。
エフピコが食品トレーの値上げを発表した。1枚あたり約1円。
「1円でしょ?」と思った人は、スーパーの現場を知らない。
1日5,000枚のトレーを使う店舗なら、1日5,000円。年間で約182万円のコスト増。10店舗展開していれば1,820万円。これは地場スーパーの営業利益率(1〜2%が相場)を考えれば、利益の数割が吹き飛ぶ水準だ。
しかも、これは「トレーだけ」の話である。
なぜ今、トレーが上がるのか
エフピコの食品トレーの主原料はポリスチレン(PS)。原料のスチレンモノマーは、ナフサから作られる。ナフサは原油から精製される。つまり、原油価格の上昇はそのままトレーの原価に効いてくる。
中東情勢の不安定化が長期化し、原油先物は高止まりが続いている。紅海でのフーシ派による商船攻撃は、スエズ運河経由の物流コストを押し上げ、喜望峰回りへの迂回で輸送日数は10〜14日増加した。海上運賃は一時、2〜3倍に跳ね上がった。
この「原油高→ナフサ高→PS高→トレー高」という玉突きが、広島の惣菜売り場に届いている。地政学リスクが、刺身のトレーの値段を変える。グローバル経済とはそういうことだ。
エフピコという会社の「重み」を理解する
ここで押さえておくべきは、エフピコという会社の存在感だ。
本社は福山市。食品トレーの国内シェアは約30%でトップ。広島・瀬戸内エリアのスーパーにとっては、まさに「インフラ企業」と言っていい。フレスタ、フジ、ゆめタウン(イズミ)——地場の主要スーパーはいずれもエフピコのトレーを大量に使っている。
エフピコがトレーを値上げするということは、瀬戸内エリアのほぼすべての食品小売に同時にコスト増が発生するということだ。特定の店舗だけの問題ではない。業界全体のコスト構造が一段上がる。
しかも、エフピコは環境配慮型トレー(エコトレー)へのシフトも進めている。リサイクル素材を使ったトレーは従来品より単価が高い。環境対応とコスト上昇が同時に来る。これは地場スーパーにとって、二重の圧力になる。
「1円」が売り場の構造を変える
では、地場スーパーはこの1円をどう吸収するのか。
選択肢は大きく3つある。
①商品価格に転嫁する
最もシンプルだが、最もリスクが高い。食品スーパーの競争は「10円単位」の世界だ。刺身パック1つを298円から308円にするだけで、売上が5〜10%落ちるという現場の声は珍しくない。特に広島はイオン、ハローズ、ラ・ムーなど価格競争の激しいエリア。安易な値上げは客離れに直結する。
②トレーの仕様を変える
ここが実は最も現実的な対応だ。深さの浅いトレーに変える。サイズを一回り小さくする。白トレーから柄なしの汎用品に切り替える。あるいは、トレーそのものをやめて袋包装やラップ直巻きに変える。
実際、全国的に「トレーレス」の動きは加速している。鶏肉や豚肉の薄切りを袋詰めで販売する店舗は増えた。トレーを使わなければ、トレー代はゼロだ。ただし、これは「売り場の見え方」を根本から変える。刺身をトレーなしで売れるか? 惣菜の見栄えをどう担保するか? ここに各社の工夫の差が出る。
③売り場の商品構成を変える
最も本質的な変化はここに起きる。
トレーのコストが上がるということは、「トレーを使う商品」の利益率が下がるということだ。逆に言えば、トレーを使わない商品——パン、飲料、冷凍食品、日配品——の相対的な利益率が上がる。
経営者が合理的に考えれば、売り場面積の配分は「トレーを使わない商品」にシフトしていく。精肉・鮮魚の売り場が縮小し、冷凍食品やPB商品の売り場が拡大する。これはすでに全国のスーパーで起きているトレンドだが、トレーの値上げがこの動きを加速させる。
つまり、「トレー1枚1円の値上げ」は、売り場のレイアウトそのものを変える力を持っている。
地場スーパーにとっての「逆転の芽」
悪い話ばかりではない。
むしろ、この変化の中にこそ地場スーパーが大手に勝てる構造がある。
大手チェーンは全国一律のオペレーションで動く。トレーの仕様変更ひとつとっても、本部決裁に数ヶ月かかる。一方、地場スーパーは意思決定が速い。「来週からこの商品はトレーやめて袋にしよう」が、店長判断でできる。
さらに、地場スーパーには「対面販売」という武器がある。
鮮魚コーナーで「今日のオススメ」を対面で売る。客が持参した容器に惣菜を量り売りする。これはトレーを使わない販売形態であり、同時に大手チェーンが絶対に真似できない「体験価値」だ。
広島のフレスタは、もともと惣菜の品質と品揃えに定評がある。トレーコストの上昇を、むしろ「対面・量り売り・トレーレス」への転換のきっかけにできれば、コスト削減と差別化を同時に実現できる。
瀬戸内の鮮魚を、トレーに乗せてラップで巻くのではなく、対面で「今朝揚がったタコですよ」と売る。これは観光客にとっても魅力的な体験になる。コスト構造の変化が、売り場の「価値」を再定義するチャンスになりうる。
AIとデジタルで「1円」を吸収する
地場スーパーがもうひとつ考えるべきは、テクノロジーによるコスト吸収だ。
例えば、需要予測AIを使って惣菜や精肉の製造量を最適化すれば、廃棄ロスが減る。廃棄が減れば、使うトレーの枚数も減る。トレーのコスト上昇分を、トレーの「使用枚数削減」で相殺するという発想だ。
1日5,000枚のトレーを使う店舗が、需要予測の精度向上で廃棄を10%減らせたら、トレー使用量は500枚減る。1枚10円のトレーなら、1日5,000円の節約。年間182万円。これは値上げ分の1円×5,000枚×365日=182万円とほぼ同額だ。
つまり、廃棄を10%減らすだけで、トレー値上げの影響をほぼゼロにできる。
この計算を見て「やってみよう」と思えるかどうか。ここが地場スーパーの経営者の分かれ目になる。需要予測AIの導入コストは、クラウド型なら月額数万円から始められる。300万円のシステム投資が必要だった時代とは違う。
問われているのは「1円への対応力」
中東情勢の不安定化は、すぐには収まらない。原油価格の高止まりも当面続く。エフピコの値上げは、おそらく今回で終わりではない。
地場スーパーに問われているのは、「1円の値上げにどう対応するか」ではない。「コスト構造が変わり続ける時代に、どう経営を組み替えるか」だ。
トレーの仕様を変える。売り場の構成を変える。対面販売を強化する。AIで廃棄を減らす。どれも「トレー1円の値上げ」がきっかけだが、本質は「売り場の価値をどう再設計するか」という問いだ。
広島・瀬戸内の地場スーパーは、瀬戸内の豊かな食材と、地域に根ざした顧客関係という、大手チェーンが逆立ちしても手に入らない資産を持っている。
1円の値上げを「コスト増」としか見ないか、「売り場を変えるきっかけ」と見るか。
その差が、3年後の生き残りを分ける。
—
