株式会社TradeSupport

2026.10.03

カキ4割減、オリーブ世界一、レモン菓子工場——瀬戸内の「食の主役」が静かに入れ替わっている

瀬戸内=牡蠣、はもう古い

広島の牡蠣が4割消えた。
江田島のオリーブオイルが世界一になった。
呉にシャトレーゼの工場ができて、瀬戸内レモンの焼き菓子を量産し始めた。

この3つのニュースを並べたとき、見えてくるのは「瀬戸内の一次産業ポートフォリオが、いま構造ごと入れ替わっている」という事実だ。

偶然じゃない。気候変動リスク、加工型農業の台頭、全国流通チャネルの変化——複数の力が同時に働いて、瀬戸内の「食の主役交代」が起きている。地元の中小企業にとって、これは脅威か、チャンスか。

—

カキ4割減——「安定産業」の前提が崩れた

広島県は全国のカキ生産量の約6割を占める、文字通りの「牡蠣王国」だ。ところが昨シーズン、養殖カキの大量へい死が発生。県内の生産量は約1万100トンにとどまり、平年の約1万7000トンから約4割減という異常事態になった。

原因として指摘されているのは、夏場の海水温上昇だ。瀬戸内海の表面水温は過去30年で約1℃上昇しており、特に2023年夏は記録的な高水温が続いた。カキの稚貝が高水温に耐えきれず、大量にへい死した。加えて、栄養塩の減少による餌不足、赤潮リスクの増大も重なっている。

数字で見ると深刻さがわかる。広島のカキ養殖業者は約400事業者。仮に売上が4割減れば、もともと年商数千万円規模の中小事業者にとっては存続に関わる打撃だ。実際、「今季は赤字で、来季も同じなら廃業を考える」という声が業界内から出ている。

ここで考えるべきは、「これは一時的な不作なのか、構造的な変化なのか」という問いだ。

答えは後者に近い。海水温の上昇トレンドは今後も続く。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の予測では、瀬戸内海の水温は2050年までにさらに1〜2℃上がる可能性がある。つまり、カキにとって瀬戸内海は「年々住みにくい海」になっていく。

広島=牡蠣という方程式は、もう「安定」ではない。

—

江田島オリーブ、世界一の衝撃——小さな島が勝てた理由

牡蠣が苦しむ一方で、同じ瀬戸内の江田島では真逆のことが起きている。

江田島市で生産されたオリーブオイルが、世界最大規模のオリーブオイルコンペティション「OLIVE JAPAN」で金賞を受賞。国際的な品評会でも高評価を連発し、「世界一」の称号を手にした。審査員からは「グリーントマトのような青く爽やかな香り」と評され、イタリアやスペインの名産地と肩を並べる品質が証明された。

なぜ江田島なのか。

ポイントは3つある。

1. 気候の変化が「追い風」になった。
瀬戸内の温暖化は、牡蠣には逆風だが、オリーブには順風だ。オリーブは年間平均気温14〜18℃、降水量が少なく日照時間が長い地域で育つ。瀬戸内海沿岸はまさにその条件に合致しており、温暖化が進むほどオリーブの適地になっていく。

2. 耕作放棄地の活用。
江田島はかつてミカン栽培が盛んだったが、価格下落と高齢化で耕作放棄地が増えていた。その遊休農地にオリーブを植えたことで、土地コストをほぼゼロに抑えながら新たな産業を生み出した。使われていない資産を転用する——中小企業の経営でいえば「遊休資産の再活用」そのものだ。

3. 少量高単価モデル。
江田島のオリーブオイル生産量は、スペインやイタリアと比べれば微々たるものだ。だが、だからこそ「量で勝負しない」戦い方ができる。250mlで3,000〜5,000円という価格帯は、大量生産のイタリア産(250mlで500〜800円)の5倍以上。品質と希少性で単価を上げる戦略は、まさに中小企業が大手に勝つための定石だ。

ここに「世界一」という称号が加わった。ブランディングコストに換算すれば、数千万円分の広告効果があったと言っていい。小さな島の農家が、世界の舞台で大産地に勝った。これは瀬戸内の一次産業にとって、極めて重要な前例だ。

—

呉のシャトレーゼ工場——「原料供給地」から「加工拠点」への転換

もうひとつ、見逃せない動きがある。呉市に新設されたシャトレーゼの工場だ。

ここで製造されているのが、瀬戸内レモンを使った焼き菓子「せとれもん」。広島県はレモン生産量日本一(全国シェア約5割)だが、これまでレモンは「原料」として県外に出荷されることが多かった。つまり、付加価値の大部分は県外の加工メーカーが取っていた。

シャトレーゼの工場が呉にできたことで、この構造が変わる。

原料のレモンを地元で調達し、地元で加工し、シャトレーゼの全国約750店舗で販売する。輸送コストが下がり、鮮度が上がり、「瀬戸内レモン」のブランドが全国の消費者に直接届く。地元には工場の雇用が生まれ、レモン農家には安定した出荷先ができる。

この「産地に加工拠点を置く」モデルは、一次産業の収益構造を根本から変える可能性がある。

たとえば、レモン1kgの農家手取りは約200〜300円。これがレモンケーキに加工されると、1kgのレモンから生まれる売上は数千円になる。加工によって付加価値が10倍以上になる計算だ。その「10倍」の一部が地元に落ちるか、県外に流出するかで、地域経済へのインパクトはまったく違う。

呉のシャトレーゼ工場は、大企業の進出ではあるが、地元の中小食品事業者にとっても示唆がある。「うちもレモンを使った加工品をやろう」という動きが広がれば、瀬戸内レモン経済圏はさらに厚みを増す。

—

本当に起きていること——「ポートフォリオの入れ替え」

ここまでの3つの動きを整理する。

項目 カキ オリーブ レモン加工
トレンド 減少(4割減) 急成長 拡大
気候変動の影響 逆風 追い風 中立〜追い風
ビジネスモデル 一次産業(養殖) 少量高単価ブランド 産地加工型
付加価値の所在 地元完結 地元完結 地元→全国流通
中小企業の参入余地 既存事業者中心 新規参入可能 加工分野で可能

見えてくるのは、瀬戸内の一次産業が「牡蠣一本足」から「オリーブ+レモン加工」を加えた分散型ポートフォリオへ移行しつつある、という構造変化だ。

しかも、この変化は誰かが計画したわけではない。気候変動という外部要因と、個々の事業者・企業の判断が重なって、結果的にポートフォリオが入れ替わっている。

—

中小企業は何をすべきか

では、地元の中小企業にとって「で、どうすればいいの?」という話をする。

1. 「気候変動で何が有利になるか」を棚卸しする。
温暖化はリスクだが、同時に新しい適地を生む。オリーブがそうだったように、瀬戸内の気候条件で新たに育てられる作物は他にもある。アボカド、パッションフルーツ、ライチ——実際に九州では亜熱帯果樹の栽培が始まっている。「何が不利になるか」だけでなく「何が有利になるか」を考えるべきだ。

2. 「加工」に踏み出す。
原料を売るだけでは付加価値の大半を他社に持っていかれる。レモン1kg300円が、加工すれば数千円の売上になる。小ロットのOEMやクラフト加工なら、初期投資は数百万円から始められる。AIを使った需要予測やレシピ開発を組み合わせれば、商品開発のコストも大幅に下がる。

3. 「世界一」を狙う。
江田島のオリーブが証明したのは、「小さいからこそ品質で世界一を取れる」ということだ。大量生産では絶対に大産地に勝てない。だが、少量・高品質・ストーリーの3点セットがあれば、国際コンペで勝てる。そして「世界一」の称号は、数千万円の広告費に匹敵するブランド資産になる。

4. カキ産業を「捨てる」のではなく「再設計」する。
牡蠣が終わったわけではない。だが、「今まで通り」は通用しない。高水温に強い品種の開発、養殖時期のシフト、陸上養殖への転換——技術的な選択肢はある。重要なのは、「気候が元に戻る」という幻想を捨てて、変化を前提に事業を再設計することだ。

—

瀬戸内の食は「次の形」に向かっている

牡蠣4割減は、危機だ。だが、同時に瀬戸内の食の構造が「次の形」に移行するきっかけでもある。

オリーブで世界一を取った江田島の農家も、最初は「こんな島でオリーブなんて」と言われていた。呉にシャトレーゼの工場ができたのも、瀬戸内レモンの品質と供給力が評価された結果だ。

変化は、すでに起きている。問題は、この変化に乗るのか、見送るのか。

瀬戸内の一次産業ポートフォリオは、今まさに書き換えられている。次の10年の主役が何になるかは、いま何を植え、何を加工し、何を世界に売り出すかで決まる。

答えは、現場にある。

—