結論から言う。瀬戸内の海と山で、コスト構造が壊れ始めている
広島のカキ殻堆積場が満杯。福山の内浦湾で今年2回目の赤潮注意報。三次ではピオーネでワインの初仕込み。
この3つ、バラバラのニュースに見える。だが「コストの変動」という軸で並べると、瀬戸内の一次産業が直面している構造変化の輪郭が浮かび上がる。
廃棄コストが跳ね上がり、環境リスクが収益を削り、一方で加工によって原料の価値が何倍にも化ける。海側では「今までのやり方」が限界に達し、山側では「今までと違うやり方」が芽を出している。この非対称が、いま瀬戸内で同時に起きていることの本質だ。
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カキ殻問題の核心は「処理費」の急騰にある
広島県は全国のカキ生産量の約6割を占める。年間の殻付きカキ生産量はおよそ10万トン。当然、むき身にした後のカキ殻も大量に出る。推計で年間約8〜10万トンの殻が発生するとされる。
問題は、この殻の行き場がなくなりつつあることだ。
県内の主要な堆積場が満杯に近づいている。従来、カキ殻は土壌改良材や飼料用カルシウム、路盤材などにリサイクルされてきた。だが需要と供給のバランスが崩れている。今年は養殖カキの大量死も報告され、通常より早いペースで殻が廃棄に回った。
ここで注目すべきは「処理コスト」だ。カキ殻の処理費用は、リサイクルルートが確保できている場合で1トンあたり数千円程度。だが堆積場が満杯になり、産業廃棄物として処理せざるを得なくなると、1トンあたり1万5000円〜2万円以上に跳ね上がる。仮に年間1万トンの殻を産廃処理に回すだけで、業界全体で1.5億〜2億円の追加コストが発生する計算だ。
広島のカキ養殖業者の多くは家族経営や小規模事業者。年商数千万円規模の事業者にとって、殻の処理費が数百万円単位で増えれば、利益が吹き飛ぶ。
では、どうするか。
一つの方向性は、カキ殻の「高付加価値リサイクル」だ。実際、カキ殻を高温焼成して水質浄化材にする技術は既に存在する。焼成カキ殻は1kgあたり数百円で取引されるケースもあり、「廃棄物」が「商品」に変わる。問題は焼成設備への初期投資(数千万円規模)を誰が負担するかだ。個別の養殖業者には荷が重い。漁協単位、あるいは自治体との連携で設備を共同保有するモデルが現実的だろう。
もう一つは、建設資材への転用だ。カキ殻を砕いてコンクリート骨材に混ぜる研究は広島大学などで進んでいる。建設業界が「脱炭素」を求められる中、天然砂利の代替としてカキ殻骨材の需要が生まれる可能性はある。ただし、これも規格化と品質保証のハードルがあり、すぐに大量消費には至らない。
要するに、カキ殻問題は「技術がない」のではなく「ビジネスモデルがない」のだ。 廃棄コストが上がった今こそ、殻の出口戦略を事業として成立させるタイミングでもある。
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赤潮注意報が示す「海の収益構造」の脆さ
福山市の内浦湾で、2026年に入って2回目の赤潮注意報が発令された。
瀬戸内海の赤潮発生件数は、実はここ30年で大きく減っている。1970年代のピーク時には年間300件以上だったのが、近年は年間50〜80件程度まで減少した。水質改善が進んだ成果だ。
だが、ここに逆説がある。
瀬戸内海の水質が「きれいになりすぎた」ことで、海の栄養塩(窒素・リン)が不足し、ノリの色落ちやカキの成育不良が問題になっている。2021年に「瀬戸内海環境保全特別措置法」が改正され、一部海域では栄養塩を「増やす」方向に舵を切った。つまり、水をきれいにしすぎると漁業が成り立たない。汚しすぎると赤潮が出る。この狭い均衡点を探る作業が、今の瀬戸内の漁業者に課されている。
赤潮が1回発生すると、養殖業者はどれだけのダメージを受けるか。過去の事例では、瀬戸内海での大規模赤潮でハマチやタイの養殖に数億円規模の被害が出たケースがある。福山周辺の小規模漁業者にとっては、1回の赤潮で年間売上の2〜3割が消えることもあり得る。
注目すべきは、赤潮の発生予測にAIを活用する動きが出てきていることだ。水温、塩分濃度、栄養塩濃度、潮流データをリアルタイムで解析し、赤潮発生を数日前に予測するシステムの実証実験が、四国や九州で始まっている。精度はまだ発展途上だが、「発生してから対応する」から「発生前に逃げる・備える」への転換は、養殖業の収益構造を根本から変え得る。
センサー1台の価格は数万円〜十数万円。クラウド解析のランニングコストも月数千円〜数万円程度まで下がってきた。大企業の研究所でなくても、漁協単位で導入できる水準に近づいている。
「赤潮は天災だから仕方ない」で終わらせるのか、「予測して被害を半減させる」仕組みを入れるのか。 この判断の差が、5年後の経営を分ける。
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ピオーネワインが示す「原料→製品」の価値倍率
三次市の三次ワイナリーで、地元産ハウスピオーネ約1.5トンを使ったワインの初仕込みが行われた。
このニュース、「地域の特産品でワインを作りました」という観光PR的な話に見えるかもしれない。だが、数字で見ると構造が違う。
ピオーネの市場価格は、1kgあたり800〜1500円程度(産地・等級による)。1.5トンなら原料価値は約120万〜225万円だ。
これがワインになるとどうなるか。ブドウ1.5トンからワインは概算で約1000〜1200本(750ml換算)程度できる。地域ワイナリーの販売価格が1本2000〜3500円とすると、売上は200万〜420万円。原料価値の1.5〜3倍以上になる。
さらに重要なのは、「規格外品の活用」という側面だ。生食用として出荷できない粒の不揃いや色ムラのあるピオーネは、市場価格が大幅に下がるか、最悪廃棄される。これをワイン原料にすれば、「価値ゼロ」が「1本3000円のワイン」に化ける。廃棄コストがかかっていたものが収益源になる。カキ殻問題と同じ「廃棄物の価値転換」の構造だ。
三次市は広島県内でも寒暖差が大きく、もともとブドウ栽培に適した気候を持つ。三次ワイナリーは1994年の開業以来、地元品種を使ったワイン造りを続けてきた実績がある。ピオーネワインは、この土地だからこそ成立する商品だ。
ただし、課題もある。国内ワイン市場は縮小傾向にあり、国税庁の統計では果実酒の課税移出数量はここ10年で約2割減っている。「作れば売れる」時代ではない。地域ワイナリーが生き残るには、「ここでしか飲めない」体験価値とセットで売る仕組みが要る。ワイナリーツーリズム、レストランとの直接取引、サブスクリプション型の会員制度。売り方の設計が、醸造技術と同じくらい重要だ。
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3つの異変を「コスト構造の変化」として読む
ここまでの3つを並べてみる。
| 事象 | コスト変化 | 問い |
|---|---|---|
| カキ殻堆積場の満杯 | 廃棄コストが数倍に急騰 | 殻を「売れるもの」に変えられるか |
| 赤潮注意報(年2回目) | 環境リスクによる損失拡大 | 予測と回避で被害コストを下げられるか |
| ピオーネワイン初仕込み | 加工で原料価値が数倍に | 規格外品の価値をゼロから数千円に変えられるか |
共通しているのは、「従来のコスト構造が通用しなくなっている」ということだ。
カキ殻を捨てるコストが上がった。赤潮で失うコストが読めなくなった。一方で、加工によって価値を上げるコストは下がってきた。
この「上がるコスト」と「下がるコスト」の交差点に、中小の一次産業事業者が次に打つべき手がある。
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中小の一次産業経営者は、何から始めるべきか
大企業のように研究開発に億単位を投じることはできない。だからこそ、中小企業には中小企業の戦い方がある。
1. 廃棄物の「出口」を1つ作る
カキ殻でも規格外の農産物でも、まず1つ、売れる形に変える実験をする。焼成カキ殻を100kg作って建材メーカーに持ち込む。規格外ピオーネ50kgでジャムを試作して直売所に置く。小さく始めて、需要があるかどうかを確かめる。
2. センシングを1カ所に入れてみる
水温センサー1台、数万円。まず1つの養殖いかだにつけて、データを3カ月取る。赤潮予測の精度がどの程度か、自分の目で確かめる。「AIで赤潮予測」と聞くと大げさに感じるが、やっていることは「水温と潮の変化を記録して、パターンを見る」だけだ。
3. 「体験」を売る導線を1本引く
ワイナリー見学、カキ打ち体験、漁船クルーズ。一次産業の現場そのものが、都市部の消費者にとっては非日常の体験になる。InstagramやGoogleマップの口コミ経由で、広告費ゼロで集客できる時代だ。まず1つ、体験メニューを作って、反応を見る。
どれも初期投資は数万円〜数十万円の範囲で始められる。「まずやってみて、数字を見て、判断する」。これが中小の一次産業が変化に対応する最も現実的な方法だ。
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瀬戸内の一次産業は「静かに壊れる」か「静かに変わる」か
カキ殻の山、赤い海、ワインの香り。3つの風景は、瀬戸内の一次産業が岐路に立っていることを示している。
環境が変わり、コスト構造が変わり、消費者の求めるものも変わった。「去年と同じことを来年もやる」が最もリスクの高い選択肢になっている。
変化は静かに来る。だからこそ、気づいた人から動ける。
瀬戸内の海と山で、最初の一手を打つのは誰か。
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