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2026.07.11

カキ大量死、魚の大量死、生口島土砂崩れ——瀬戸内の「海と山」が同時に壊れている。中小企業はどう備えるか

海が死に、山が崩れた。同時に。

2025年6月、瀬戸内で3つの異変が重なった。

海と山が同時に壊れている。これは「不運が重なった」で片づけていい話ではない。瀬戸内の一次産業、観光、物流——地域経済の根幹が、同時多発的にダメージを受けている。

問いはシンプルだ。この構造的リスクに、地方の中小企業はどう備えるのか。

カキの大量死——広島の「看板産業」が揺らぐ

広島県は全国のカキ生産量の約6割を占める。農林水産省の統計によれば、広島県の養殖カキ(むき身)の生産量は年間約1万7,000トン、産出額は約200億円規模だ。呉市はその主要産地のひとつであり、カキ養殖は地域の雇用と経済を支える基幹産業にほかならない。

そのカキが大量死した。

横田美香知事と呉市の新原芳明市長が海洋研究施設を視察し、環境改善に向けた連携を確認した。行政が動いたこと自体は評価できる。だが、問題はスピードだ。カキの養殖サイクルは種付けから出荷まで1〜2年かかる。今年の大量死は、来シーズン以降の出荷量に直結する。つまり、影響が表面化するのはこれからだ。

養殖業者にとって、1シーズンの生産ロスは売上ゼロを意味する場合がある。年商3,000万円規模の個人養殖業者であれば、1年分の売上が吹き飛ぶ。設備のリース料、人件費、燃料費は止まらない。キャッシュフローが持たない事業者が出てくるのは時間の問題だ。

原因はまだ特定されていない。水温上昇、貧酸素水塊、プランクトンの異常発生——複数の要因が指摘されているが、いずれも「瀬戸内海の環境が変わってきている」ことを示唆している。2000年代に施行された瀬戸内海環境保全特別措置法の改正で、「きれいすぎる海」が栄養塩不足を招いているという指摘もある。海がきれいになりすぎて、カキが育たない。皮肉な話だ。

魚の大量死——河口が「死の水域」になっている

広島市の河口で、ボラやチヌが大量に浮いた。

河口域での魚の大量死は、水中の溶存酸素量が急激に低下する「貧酸素」が原因であることが多い。梅雨時期の大雨で河川から大量の有機物が流入し、分解過程で酸素が消費される。水温が高いほど酸素は溶けにくくなる。温暖化の影響で、こうした現象の頻度と規模が拡大している。

ボラやチヌは瀬戸内の食卓を支える魚ではないが、生態系の中間層を担う存在だ。これらが大量死するということは、その海域の生態系全体が不安定化していることを意味する。影響は、より高単価な魚種——タイ、アナゴ、小イワシなど広島の食文化を支える魚——にも波及しうる。

水産業者にとっての問題は、仕入れの不確実性が上がることだ。鮮魚店、居酒屋、加工業者——瀬戸内の水産物を扱う中小企業は、仕入れ価格の変動リスクをまともに被る。大手チェーンなら全国から調達先を切り替えられる。だが、「地物の魚」を売りにしている地元の中小事業者には、その選択肢がない。

仕入れ原価が2割上がれば、利益率5〜10%の飲食店は赤字に転落する。値上げすれば客が離れる。値上げしなければ潰れる。この板挟みは、すでに多くの現場で起きている。

生口島の土砂崩れ——しまなみ海道の「脆さ」が露呈

生口島で土砂崩れが発生し、国道317号が通行止めになった。

生口島はしまなみ海道の中継地点であり、観光と物流の両面で重要な島だ。年間のしまなみ海道の通行台数は約400万台、サイクリストだけでも年間約35万人が訪れるとされる。国道の通行止めは、この流れを直接止める。

物流への影響も大きい。島嶼部への配送は、もともとルートの選択肢が少ない。迂回すれば、配送1件あたりのコストが2〜3割増しになる。運送業者の燃料費は1リットル170円前後で高止まりしている中、迂回コストの上乗せは経営を圧迫する。荷主である島内の中小企業——柑橘農家、加工業者、旅館——にとっても、送料の上昇は利益を直接削る。

2018年の西日本豪雨から7年。あのとき、広島県では100名以上の死者を出し、交通インフラは各地で寸断された。復旧には数年を要した箇所もある。そして今、同じ構造のリスクが再び顕在化している。

問題は、復旧するだけでは同じことが繰り返されるということだ。気候変動で豪雨の頻度と強度は上がっている。国土交通省のデータでは、1時間降水量50mm以上の「非常に激しい雨」の発生回数は、1980年代と比較して約1.5倍に増えている。インフラの老朽化と気候変動の掛け算が、地方の交通網を脆弱にしている。

3つの異変は「別々の問題」ではない

カキの大量死、魚の大量死、土砂崩れ。一見バラバラに見えるが、根っこは繋がっている。

水温上昇、異常降雨、海洋環境の変化——すべて気候変動と環境変化の表れだ。

山が崩れれば、土砂が海に流れ込む。海の栄養バランスが崩れれば、カキも魚も死ぬ。海と山は繋がっている。瀬戸内という閉鎖性水域では、その影響がより凝縮されて現れる。

そして、この「海と山の同時崩壊」が直撃するのは、大企業ではなく地方の中小企業だ。

養殖業者、鮮魚店、飲食店、運送業者、旅館、柑橘農家——瀬戸内の経済を支えているのは、年商数千万円から数億円規模の事業者たちだ。彼らには、リスクを分散する体力も、調達先を全国に切り替える余裕もない。

中小企業は何をすべきか——3つの現実的な打ち手

抽象的な「持続可能な取り組み」では意味がない。現場で今日から動ける話をしたい。

1. リスクの「見える化」にAIとデータを使う

水温、潮流、降水量、土壌含水率——これらのデータはすでに公開されているものが多い。問題は、中小企業がそれを経営判断に使えていないことだ。

例えば、カキ養殖であれば、水温と溶存酸素量のリアルタイムモニタリングを導入するだけで、大量死の予兆を数日前に検知できる可能性がある。IoTセンサーの価格は数年前の10分の1以下に下がっている。1台数万円のセンサーとクラウドサービスの組み合わせで、月額数千円からモニタリング環境は構築できる。数百万円の損失を防ぐための投資としては、圧倒的に安い。

2. 「地物」の定義を広げる

仕入れリスクが上がるなら、調達の幅を広げるしかない。ただし、大手のように全国調達に切り替えるのではなく、「瀬戸内エリア」という単位で連携する方法がある。

呉のカキがダメなら、三原や竹原の養殖業者と組む。広島市の魚が不漁なら、愛媛や山口の漁港と直接取引する。「広島産」ではなく「瀬戸内産」というブランドで括れば、リスク分散と付加価値の両立ができる。

この連携は、個社では難しい。だからこそ、地域の事業者同士がデータと在庫情報を共有するプラットフォームが必要になる。LINEグループでもスプレッドシートでもいい。まずは始めることだ。

3. 物流の「Plan B」を常に持つ

生口島の通行止めのような事態は、今後も起きる。起きたときに慌てるのではなく、あらかじめ迂回ルートと追加コストを計算しておく。

具体的には、主要ルートが止まった場合の代替ルート、フェリーの時刻表と料金、共同配送の可能性——これらを事前にシミュレーションしておくだけで、有事の対応スピードは格段に上がる。BCP(事業継続計画)というと大げさに聞こえるが、要は「道が止まったらどうする?」を事前に決めておくだけの話だ。

行政に求めたいこと

知事と市長が連携を確認したのはいい。だが、「連携を確認」で終わらせてはいけない。

具体的に求めたいのは3つだ。

  1. 原因究明の期限を切ること。 カキの大量死の原因調査に「いつまでに結果を出す」という期限がなければ、対策は永遠に後手に回る。
  2. 被害を受けた事業者への即時支援。 融資ではなく、キャッシュフローが止まった事業者への直接的な補助。1〜2年後の出荷回復まで持ちこたえられるかどうかが分かれ目だ。
  3. インフラの予防保全への投資。 壊れてから直すのではなく、壊れる前に手を打つ。国道317号の土砂崩れは、斜面の予兆をモニタリングしていれば、事前に通行規制をかけて被害を最小化できた可能性がある。

「このままでいいのか」という問い

瀬戸内は穏やかな海のイメージが強い。だが、その穏やかさの裏で、環境は確実に変わっている。

カキが死に、魚が浮き、山が崩れる。これを「異常事態」と呼ぶのか、「新しい日常」と認識するのかで、打ち手はまったく変わる。

異常事態なら、復旧すれば終わりだ。だが、新しい日常なら、経営の前提そのものを変えなければならない。

地方の中小企業にとって、気候変動は遠い話ではない。今月の仕入れ、今週の配送、今日の売上に直結する話だ。

瀬戸内の海と山が同時に壊れている今、「このままでいいのか」と問い直すタイミングは、まさに今だ。