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2026.07.23

アサリ漁獲量2倍でも漁師は増えない——尾道・江田島・海技学院、3つの現場が突きつける「瀬戸内の海の仕事」の構造問題

資源は戻った。人は戻らない。

尾道のアサリ漁獲量が前年比2倍に回復した。

良いニュースだ。だが、手放しで喜べるだろうか。

このアサリを獲っているのは、平均年齢70代の漁業者たちだ。漁獲量が倍になっても、漁師の数は増えていない。資源は回復した。でも、それを獲る人間がいなくなる未来が、すぐそこに来ている。

今回、尾道のアサリ漁、江田島の「海の運動会」、尾道海技学院のベトナム海軍支援——この3つの現場を横断して見えてきたのは、「海の仕事」が抱える構造的な矛盾だ。

資源管理は成功しつつある。技術もある。海の魅力を伝えるイベントも始まっている。なのに、肝心の「人」がいない。

この問題は尾道だけの話ではない。瀬戸内全域、いや日本の沿岸漁業全体に突きつけられた問いだ。

アサリ2倍回復の裏にある「70代の執念」

尾道市のアサリ漁獲量が前年比2倍に回復した背景には、漁業者たちの地道な環境整備がある。

漁場の清掃、天敵であるナルトビエイの駆除、干潟の耕耘。派手さはないが、何年もかけて海底環境を整えてきた結果だ。アサリは環境変化に敏感な生き物で、水温・塩分濃度・底質のバランスが崩れれば一気に減る。逆に言えば、人の手で環境を整えれば戻る可能性がある。

この「戻った」という事実は重要だ。全国的にアサリの漁獲量は1983年の約16万トンをピークに激減し、2022年にはわずか約6,800トン。ピーク時の4%程度にまで落ち込んでいる。その中で尾道が2倍回復を実現したのは、現場の努力の成果に他ならない。

だが、問題はここからだ。

この努力を担っているのが70代中心の漁業者であること。農林水産省の2023年漁業センサスによれば、漁業就業者数は約12万3,000人。2003年の約23万8,000人から20年で半減した。65歳以上の割合は約4割。瀬戸内海沿岸の小規模漁業に限れば、高齢化率はさらに高い。

つまり、あと10年もすれば、アサリの資源が回復しても「獲る人がいない」という事態が現実になる。漁獲量2倍という数字の裏に、この時限爆弾が埋まっている。

江田島「海の運動会」——50人のイベントに意味はあるか

江田島で開催された「海の運動会」。SUPを使った海上レースや玉拾いなど、海を遊び場として楽しむイベントだ。参加者は約50人。

正直に言おう。50人という数字だけ見れば、小さい。地域活性化の切り札と呼ぶには心もとない。

だが、このイベントの本質は規模ではない。

重要なのは、「海に入る体験」を通じて、海との接点を持つ人を増やすという設計思想だ。漁業の担い手不足は、単に「給料が安いから」「きついから」だけではない。そもそも海に触れる機会が激減していることが根本にある。

国土交通省の調査では、海水浴客数は2000年代から一貫して減少傾向にある。子どもが海で遊ばなくなった。海を仕事場として想像できる若者が減った。入口がなければ、出口(=就業)もない。

「海の運動会」は、その入口をつくる試みだ。50人の参加者のうち、1人でも「海の仕事って面白そうだ」と感じれば、それは種になる。

ただし、課題もある。こうしたイベントは「楽しかった」で終わりがちだ。体験から関心へ、関心から関与へ、関与から就業へ。この導線が設計されていなければ、単発の打ち上げ花火で終わる。

江田島市の人口は約2万2,000人で、年間約500人ペースで減少している。関係人口を「数」で増やすフェーズはとっくに過ぎた。必要なのは、関係の「深さ」を設計することだ。

具体的には、イベント参加者に対して漁業体験プログラムへの接続、短期の漁師インターン、移住支援との連携。点を線にする仕組みがなければ、50人は50人のままだ。

尾道海技学院——技術はあるのに国内で人が集まらない矛盾

尾道海技学院が、ベトナム海軍やトンガ海軍に対して小型船舶の整備・運航技術を指導している。この事実を知っている人は少ないだろう。

瀬戸内の小さな街にある教育機関が、海外の海軍を相手に技術指導をしている。これは誇るべきことだ。日本の小型船舶に関する技術力が、国際的に評価されている証拠でもある。

だが、ここにも矛盾がある。

海外には教えを請う人材がいる。国内には来ない。

全国の海技教育機関は軒並み定員割れに苦しんでいる。海技教育機構(JMETS)の練習船乗船実習についても、志願者の減少が続いている。船員の高齢化も深刻で、内航船員の約4割が50歳以上だ。

尾道海技学院の国際支援は、技術の海外移転という意味では価値がある。しかし、本来の役割である「国内の海事人材育成」が空洞化しているとすれば、本末転倒ではないか。

ここで考えたいのは、「なぜ国内の若者は海の仕事を選ばないのか」という問いだ。

理由はシンプルだ。情報がない。選択肢として見えていない。

漁師の年収は、沿岸漁業で平均200〜300万円程度と言われる。一方で、養殖業や6次産業化に成功した漁業者の中には年収1,000万円を超えるケースもある。船員であれば、内航船の初任給は月25〜30万円程度で、陸上の同世代と比べて遜色ない。だが、こうした情報が若者に届いていない。

「海の仕事=きつい・汚い・危険」というイメージだけが残り、実態が伝わっていない。これは情報発信の問題であり、中小企業の採用課題とまったく同じ構造だ。

3つの現場が示す「同じ構造」

尾道のアサリ漁、江田島の海の運動会、尾道海技学院の海外支援。一見バラバラに見えるこの3つの現場は、実は同じ構造的課題を映し出している。

「モノ・技術・場はある。人がいない。」

アサリは戻った。でも獲る人がいない。
海の魅力を伝えるイベントはある。でも、そこから仕事につながる導線がない。
世界に通用する技術がある。でも、国内で学ぶ人がいない。

これは漁業だけの問題ではない。瀬戸内の製造業も、建設業も、農業も、同じ壁にぶつかっている。地方の中小企業が共通して抱える「人材の入口問題」だ。

で、どうすればいいのか

3つの処方箋を提示したい。

1. 「体験→関与→就業」の導線を仕組み化する

江田島の海の運動会のようなイベントは入口として有効だ。だが、入口だけでは意味がない。参加者データを蓄積し、漁業体験・短期就業・移住相談へと段階的につなぐ仕組みが必要だ。これはCRM(顧客管理)の発想であり、中小企業の営業と同じだ。見込み客を放置すれば、永遠に売上にはならない。

2. 「海の仕事」の経済的リアルを可視化する

漁業の収入は「平均」で語ると暗い数字になる。だが、個別に見れば稼いでいる漁業者はいる。尾道のアサリ漁で言えば、漁獲量2倍は売上2倍の可能性を意味する。市場価格にもよるが、アサリのキロ単価は産地で500〜1,000円程度。仮に年間10トン獲れば500万〜1,000万円の売上になる。こうした具体的な数字を、若者に届く形で発信すべきだ。

3. AIやテクノロジーで「少人数でも回る漁業」を設計する

担い手が増えないなら、少人数でも成り立つ仕組みをつくるしかない。IoTセンサーによる漁場モニタリング、AIによる漁獲予測、ドローンを使った養殖管理。すでに各地で実証実験が始まっている。1人あたりの生産性を上げることで、少ない人数でも漁業を維持できる可能性がある。

広島県は牡蠣養殖で全国シェア6割を占める。この規模があれば、テクノロジー導入の投資対効果も出しやすい。瀬戸内が「スマート漁業」の先進地になるポテンシャルは十分にある。

問いを残す

瀬戸内の海には、資源がある。技術がある。魅力もある。

足りないのは「人」と「つなぐ仕組み」だ。

アサリが2倍に戻ったことを「良かったね」で終わらせるのか。それとも、この回復を「人を呼び戻す起点」にできるのか。

漁獲量の回復は、自然からの猶予期間だと思う。海が待ってくれているうちに、人の仕組みを整えられるか。

瀬戸内の海の仕事は、誰が継ぐのか。その答えは、現場の外にいる私たちの行動にもかかっている。