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2026.09.04

しまなみ海道は「自転車の聖地」のままでいられるのか——航路復活・船便実証・大島道路通行止めが突きつける問い

結論から言う。しまなみ海道は「自転車だけ」では持たない

しまなみ海道の年間サイクリング利用者は約35万人。コロナ前のピーク時から回復傾向にあるとはいえ、この数字だけで沿線6島の経済を回せるかと問われれば、答えはNoだ。

いま、3つの動きが同時に起きている。

  1. JR西日本による尾道〜今治間の航路実証事業
  2. サイクリングロードの一部区間を船便で代替する実験
  3. 大島道路(大島南IC〜今治北IC間)の平日日中通行止め

この3つをバラバラに見ると「交通ニュース」で終わる。だが構造的に見ると、しまなみ海道の集客モデルそのものが問い直されている

JR西日本の航路実証——なぜ今、船なのか

JR西日本が尾道〜今治間の航路復活に向けた実証事業を始めた。かつて瀬戸内海には無数の航路があったが、しまなみ海道(西瀬戸自動車道)の全通(1999年)以降、次々と廃止された。橋ができれば船は要らない——当時はそう思われていた。

だが26年経って、状況は変わった。

しまなみ海道をサイクリングで全線走破するには約70km、所要6〜8時間。 体力的にハードルが高い。特に大島の亀老山や伯方島周辺のアップダウンは、初心者やファミリー層には厳しい。結果として、利用者の大半は「ガチ勢」のサイクリストに偏っている。

船便の狙いは明確だ。きつい区間を船でスキップすることで、ライトユーザーを取り込む。 全線走破にこだわらなくていい。好きな島で降りて、好きな島から乗る。サイクリングの「完走モデル」から「つまみ食いモデル」への転換だ。

これは単なる交通手段の追加ではない。ターゲット顧客の拡張だ。

年間35万人のサイクリング利用者のうち、レンタサイクル利用は約14万人(しまなみジャパン公表データ)。つまり自前のロードバイクを持ち込む層が約6割。この層は「聖地巡礼」的な動機で来るから、船便がなくても来る。問題は残りの4割、そしてまだ来ていない層だ。

船便で「半分だけ走る」「島を2つだけ巡る」という選択肢ができれば、潜在的なターゲットは一気に広がる。 家族連れ、シニア、インバウンドのカジュアル層。ここにリーチできるかどうかが、しまなみ海道の次の10年を決める。

大島道路の通行止め——見えにくいコスト

大島道路は現在、道路補修工事のため平日日中に通行止めが実施されている。しまなみ海道の自動車利用者にとっては迂回が必要になり、物流や生活交通にも影響が出ている。

ここで考えたいのは、通行止めの「見えにくいコスト」だ。

しまなみ海道の1日あたりの自動車交通量は約9,000台(国土交通省データ)。通行止め区間の迂回により、1台あたり平均20〜30分のロスが発生するとすれば、1日で約3,000〜4,500時間分の時間コストが消えている計算になる。時間単価を仮に1,500円とすれば、1日あたり450万〜675万円の「見えない損失」だ。

さらに観光への影響。平日とはいえ、しまなみ海道を訪れるインバウンド客や平日休みの個人旅行者は少なくない。「通行止め」の情報を見て訪問自体を取りやめる層がどれだけいるか。これは統計に出ない「機会損失」だ。

もちろん道路の維持補修は必要だ。しまなみ海道の橋梁・道路の維持管理コストは年間数十億円規模とされる。1999年の全通から26年、インフラの老朽化は避けられない。問題は、この維持コストを誰がどう負担するかという構造にある。

現在のしまなみ海道の通行料金はETC利用で普通車が片道約2,500円前後(区間による)。サイクリングは無料化されている(2024年度も継続)。自転車無料は集客策として正しいが、インフラ維持の財源としては「自転車はタダ乗り」という構造でもある。

「自転車の聖地」モデルの限界

しまなみ海道の経済効果は年間約100億円規模と推計されている(愛媛県・広島県の観光統計から推計)。サイクリング関連の消費はそのうち一部で、宿泊・飲食・土産を含めても、沿線の島々の経済を支えるには心もとない。

そもそも、サイクリスト1人あたりの消費額はいくらか。

日帰りサイクリストの平均消費額は3,000〜5,000円程度。宿泊を伴う場合でも1万〜1.5万円。35万人×平均5,000円としても、サイクリング関連の直接消費は年間17.5億円。100億円の経済効果のうち、サイクリングが占める割合は2割に届かない。

残りの8割は自動車で訪れる一般観光客、地元住民の生活消費、物流だ。「自転車の聖地」というブランドイメージと、実際の経済構造にはギャップがある。

これは批判ではない。構造の確認だ。自転車はしまなみ海道の「看板」として機能しているが、「稼ぎ頭」ではない。看板と稼ぎ頭を混同すると、打ち手を間違える。

船便が変える「コスト構造」と「顧客構造」

JR西日本の航路実証が面白いのは、交通コストの構造を変える可能性があるからだ。

現状、しまなみ海道を自転車で渡るコストは「ほぼゼロ」(通行料無料、レンタサイクル代は別途1,000〜3,000円程度)。だが時間コストは6〜8時間と高い。体力コストも高い。

船便が加わると、金銭コストは上がる(運賃が発生する)が、時間コストと体力コストは劇的に下がる。「お金はあるが時間と体力がない層」——つまりシニアやファミリー、短期滞在のインバウンド客にとって、しまなみ海道のアクセシビリティが一気に上がる。

この層は1人あたりの消費単価が高い。宿泊率も高い。飲食にもお金を使う。仮に船便の導入で年間5万人の新規観光客が増え、1人あたり消費額が1.5万円だとすれば、年間7.5億円の新規消費が生まれる。サイクリング関連消費の4割に相当する規模だ。

もちろんこれは仮定の数字だ。だが方向性としては合っている。「無料だけど体力がいる」から「お金を払えば楽に楽しめる」へ。 この選択肢の追加は、しまなみ海道の顧客ポートフォリオを根本から変える可能性がある。

地方の中小企業にとって、これは何を意味するか

しまなみ海道沿線の宿泊施設、飲食店、土産物店の大半は中小・零細企業だ。彼らにとって、この変化は何を意味するか。

チャンスは明確だ。 顧客層が広がれば、「ガチ勢サイクリスト向け」以外の商品・サービスに需要が生まれる。島のカフェでゆっくりランチを楽しむシニア夫婦、半日だけサイクリングして午後は島の温泉に入るファミリー。こうした層に向けた体験商品を作れるかどうかが勝負になる。

リスクも明確だ。 船便が本格運航されれば、「通過される島」と「選ばれる島」の格差が広がる。全線走破モデルなら全島を通過するが、つまみ食いモデルでは魅力のない島はスキップされる。島ごとの「降りる理由」を作れるかどうかが、生死を分ける。

具体的に何をすべきか。

で、結局どうなるのか

しまなみ海道は岐路に立っている。

「自転車の聖地」というブランドは強力だ。だがそれだけでは、インフラ維持コストを賄えず、沿線の島々の経済を支えられない。JR西日本の航路実証は、この構造的な課題に対する一つの回答だ。

問いはシンプルだ。「走り抜ける場所」から「立ち止まる場所」に変われるか。

船便はそのための手段であって、目的ではない。目的は、しまなみ海道を訪れる人の「滞在時間」と「消費額」を上げること。そのために、交通手段の多様化と島ごとのコンテンツ強化を同時に進める必要がある。

実証事業の結果は今後数ヶ月で出る。数字を見て、次の手を打つ。大事なのは「まず実験した」という事実だ。地方の交通インフラは、待っていても誰も助けてくれない。自分たちで実験し、データを取り、判断する。その姿勢こそが、しまなみ海道の次の26年を作る。